異世界にタワマンを! 奴隷少年の下剋上な国づくり ~宇宙最強娘と純真少年の奇想天外な挑戦~

4章 王国のもたらす光と影

4-1. 建国宣言



 それから一カ月、住民は二万人を超え、スラムからだけじゃなく、平民も参加してくれるようになった。特に手に職を持った職人が、アレグリスの先進的な工業にひかれてやってくるようになり、国としての安定感が出始めてきた。



 そして今日はアレグリスの設立記念式典の日だ。

 スタジアムに全国民を集め、レオが建国を宣言する。



 スタジアムに二万人の人たちが集まり、巨大動画スクリーンを背景に設置された特設ステージを見つめていた。



 オディーヌがステージに現れ、照明が当たり、巨大スクリーンにその美貌が余すところなく表示された。

「それでは、アレグリス初代国王、レオ=アレグリスの登場です!」

 

 するとスタジアムの上空に巨大な影が走った。何だろうとみんなが見上げるとそれは巨大なドラゴンだった。

 巨大な羽根をはばたかせ、厳ついウロコを誇示し、減速しながらステージへと降りてくる。その巨大な鋭い爪と恐ろしいギョロリとした燃えるような瞳に観客席の住民たちは凍り付き、戦慄が走った……。

 そのドラゴンの背中に動く小さな人影……レオだった。レオは黒いスーツに身を包みみんなに手を振っている。

 ドラゴンがステージの前に着地する。

 ズズーン! とスタジアムが揺れた。そして咆哮を一発。



 ギュァァァァ!



 その恐るべき重低音は住民たちの腹の底に響いた。



 レオは、ピョンとステージの上に飛び移り、

「レヴィアありがとう」

 そう言ってレヴィアに声をかけると、レヴィアはウインクをする。そして、バサッバサッと巨大な羽根をはばたかせると大きく飛び上がり、一気に青空へと消えていった。



 レオはマイクの前に進むと、観客席をぐるっと見回した。自分を信じてやってきてくれた二万人もの住民たち。その光景はレオにとってまるで夢のようで、思わず胸が熱くなる。

「国王、ご挨拶をお願いします」

 オディーヌが声をかける。



「みなさん、こんにちは!」

 元気よくレオが声をあげた。



 ウオォォォォ!

 住民たちは可愛いレオの挨拶に歓声で答えた。

 レオはそんな住民たちをニッコリと笑いながら見回し、手を大きく振りながら言った。

「みなさん、来てくれてありがとう!」



 オォォォォ!

 さらにひときわ大きな歓声が巻き起こった。



 レオはその歓声を浴びながら、自分のやってきたことは正しかったのだという確信を得て、胸が熱くなった。

 そして語りだした。

「僕は何もできないただの子供です。でも、理不尽な苦痛はこの世界からなくしたい、その想いの強さだけは負けません。そして、この想いに賛同してくれた仲間たち、彼らが僕に力をくれました。そして今日、こんなにたくさんの皆さんを迎え、一人の子供の思い付きが現実の国となり、大いなる一歩を踏み出すことができました!」



 パチパチパチ!

 住民は拍手で応える。



 レオは観客席を見回し、大きく息をつくと、ピンと右手を高く掲げ、

「今日、ここに、アレグリス共和国建国を宣言します!」

 と叫んだ。



 ワァァァァ!

 上がる大歓声。そして上空で花火がポン! ポン! と破裂する。



 レオは思わず涙をポロリとこぼした。物心ついた頃にはもう朝から晩まで労働を強いられ、理不尽な暴力におびえていた……。そんな悲惨な日々を思い出したのだ。自分だけじゃない、道端に餓死した浮浪児が転がされていたのは何度も見た。人権のない社会、それはもう終わりにしなければならない。そしてこれが解決への大いなる一歩なのだと感慨を新たにした。



 建国の式典は無事終わり、その後、各部門の担当者から業務内容の紹介と人材募集のプレゼンが行われていった。



















4-2. 告げられた真名



 控室にレオが戻ってくると、シアンは満面の笑みでレオに駆け寄ってハグをした。

「よくできました。カッコよかったよ」

「ありがとう、シアンのおかげだよ」

 レオもうれしそうにシアンを抱きしめた。

 二人はしばらくいろいろな出来事を思い出しながら、お互いの体温を感じていた。



 すると、シアンはそっと離れ、

「賭けは君の勝ちだ。立派になったね。もう僕の役割も終わりだよ」

 そう言ってちょっと寂しそうに微笑んだ。

「えっ……? まだ……、まだだよ。まだ人が来ただけじゃないか!」

 レオは終わりを告げるシアンに、不安を覚えて叫ぶ。

 シアンはゆっくりと首を振ると、

「僕を待ってる星は百万個もあるんだ……」

 そう言って目をつぶった。

「いやだよぉ!」

 レオはシアンに抱き着いた。

 シアンは愛おしそうにレオの頭をなでると、レヴィアの方を向いて、

「後は任せたよ」

 と、静かに言う。

 レヴィアは胸に手を当て、

「かしこまりました」

 と、言ってうやうやしく頭を下げた。

「えっ! やだやだ! いかないで――――!」

「楽しかったよ。またいつか……、会えるといいね……」

 シアンは目に涙を浮かべながら言う。

「ダメダメ! そうだ、お酒飲みに行こうよ! エールを樽でさ!」

 レオは必死に引きとめる……。

 シアンはゆっくりと首を振ってうつむいた。

 そして、静かに耳元で、

「ありがとうレオ。僕の本当の名前は『シアノイド・レクスブルー』。秘密だよ」

 そう言うと、レオの頬にチュッとキスをする。

 そして、愛おしそうに

「さようなら……」

 と言うと、すうっと消えていった。

「えっ!? シアン……。ウソだよね……え……?」

 呆然と立ちすくむレオ……。そして、

「うわぁぁぁ! シアン――――!」

 そう絶叫すると、ひざから崩れ落ち、涙をポロポロとこぼした。

 あの日、短剣を拾ってくれた時からずっと隣にいてくれたシアン。レオにとってもはや家族同然だった。

 ブラックホールを操り、ジュルダンをアヒルにして、王宮でケーキをパクつき、一緒に東京を飛び、この街を作ったシアン。そして寝る時もいつも一緒だった。柔らかく温かく……、そして雑な宇宙最強の女の子。



「シアンのバカ――――! うわぁぁぁん!」

 レオは号泣する。人目もはばからず、オイオイと泣いた。

 成功する事がこんなに悲しい事だなんて……。レオは失われたものの大きさに涙がとめどなく湧いてきた。



 レオはひとしきり泣くと、起き上がってレヴィアの方を向き、真っ赤な目で言う。

「なんで引きとめてくれなかったんですか……?」

 レヴィアは息を大きく吐くと、レオの目を見て丁寧に言った。

「シアン様の決められたことは絶対じゃ。我のような末端に発言権などない。あのお方はお主らが考えるより、はるかにずーっと偉いお方なのじゃよ」

「そんな話じゃないよ……。一言だけでも……、引きとめて欲しかったのに……」

 レオはそうつぶやくとガックリとうなだれ、また泣きじゃくった。



 オディーヌはレオにそっと近づき、優しくハグをする。

 時折会場からの地響きのような歓声が届く中、控室にはしばらくレオの嗚咽(おえつ)が響いた。

























4-3. 原理主義者の暴走



 モチベーションの高いスタッフ、住民の献身的な努力のおかげで、アレグリスはどんどん整備が進んでいった。工場も農場も希望者に貸し出し、住民たちが自発的に生産を行うようになっていって経済も自発的に回るようになってきた。

 そしてアレグリス産の産品は各国で高い評価を受け、高値で売れるようになってくる。そうなると、移住希望者も増え、さらに生産力は上がっていく。また、アレグリスで新たな命も生まれ始め人口も順調に増えていった。



 その日、ヴィクトーは兵器工場の所長を部屋に呼んだ。

「製造は順調かね?」

 ヴィクトーは切り出す。

「自動小銃AK47は無事量産に入りました。構造が簡単なので出来もまずまずです」

「それは良かった。で、それを千丁急ぎでお願いしたい」

「え!? 契約では百丁……ですよね?」

 驚く所長。

「急遽方針が変わったのだ」

 ヴィクトーは力強い目で所長を見すえた。

「えっ!? でも、防衛するのに千丁も要らないのでは……? AK47の性能は驚異的ですよ。百丁もあればどこの国の軍隊も瞬殺できる程かと……」

 不安そうな所長。

「心配しなくていい。これは国王陛下のご意向なのだ」

「レオ様の……。そうであれば……問題ないですが……」

「いいかね? アレグリスは人類の未来を担う国だ。万が一にも侵略を受けてはならんのだ。そのためには軍事力だ……わかるね?」

「は、はい……」

「悪いね! 至急増産体制に入ってくれたまえ。それから、グレネードランチャーRPG-7の開発も急いでくれよ」

 そう言ってヴィクトーはニヤリと笑い、所長の肩をポンポンと叩いた。



「これはまた……キナ臭いのう……」

 パルテノン神殿の下、地下神殿でレヴィアは頬杖をつきながら画面をにらみ、つぶやいた。

 レオたちに相談もなく勝手に軍拡を進めるヴィクトー。

 不気味な動きはこの後も少しずつ地下で進行していったのだった。



        ◇



 いよいよ初の選挙の日がやってきた。これで権限を議会へと移譲してレオの仕事は完成となる。

 テレビでは候補者の公開討論会が中継され、ウソ発見器のメーターが赤に振れるたびに観衆の笑いが起こってコンテンツとしても面白い仕上がりになっていた。



 投票はスマホで行われ、締め切りと同時に結果が公表される。勝ったのはヴィクトーの自由公正党だった。ヴィクトーは自警団の人脈をベースに、国の立ち上げをしっかりと具体化していった点が住民に高く評価されたのだ。また、ウソ無くスパッと断定的に言い切る話術も頼もしいと好感されたようだった。



 その夜、国権移譲式典が開かれ、レオから首相であるヴィクトーにドラゴンをかたどった金のプレートが受け渡された。

「ヴィクトー、頼んだよ」

 レオはニッコリと笑いながら握手をした。

「国王陛下の理想は必ずやこの私が実現して見せます!」

 ヴィクトーは熱い情熱を瞳にたぎらせながら、ガッシリとレオの手を握る。

 オディーヌは拍手をしながら感慨深く二人を眺めていた。

 レオの掲げた理想の挑戦はついにレオの手を離れ、羽ばたいていく事になる。

 もう、レオには実権は無い。ただ、国の象徴として国民に愛される存在になったのだった。



「じゃあ、我もそろそろ行くとするかのう……」

「えっ!? レヴィア様も行っちゃうんですか?」

「もともとどこか一国に肩入れするのは禁忌なんじゃ。シアン様ももうおらんし、これ以上いたら管理局(セントラル)に怒られるわい」

「せめてレオに挨拶を……」

「湿っぽいのは苦手じゃ。達者でやれよ」

 レヴィアはそう言うと空間を切り裂いた。

「あ……。ヴィクトーは何やら企んどるぞ。注意しとけ」

 レヴィアは思い出したようにオディーヌに言った。

「え? ウソ発見器では宣誓にウソは見られませんでしたよ」

「逆じゃ、レオの理想に感化され過ぎとる。過ぎた正義は暴走するんじゃ。まぁ、収まるところに収まるしかないじゃろうが……」

「暴走って?」

「ふふっ、お主ならもう分かっておろう。……。では、また縁があったら……な。楽しかったぞ」

 そう言うとレヴィアは、空間の裂け目をくぐって自分の神殿へと帰っていった。























4-4. 制圧



 その晩、レオは超高層ビルの執務室でぼんやりと夜景を眺めていた。眼下に広がる商業施設やスタジアムは美しくライトアップされ、多くの人が行きかっている。そして工業地帯のプラントたちも元気に稼働しており、煙突の上からは炎が立ち上り揺れていた。

 多くの人の笑顔が溢れる素敵な街……、それはレオの理想そのものだった。ついにレオは夢を実現したのだった。

 しかし……。

 本音を言えばすごく寂しかった。ハチャメチャだけど常に元気をくれたシアン、彼女に翻弄されながらもいろいろ工夫して尽力してくれたレヴィア……。もう、彼らはいないのだ。そして、実権を失ったレオにはもう仕事もない。

 理想を突き詰めたら寂しくなってしまった。頭では理解していたものの、胸にポッカリと穴が開いたように何をする気も起らなかった。



「大人ならこういう時にお酒を飲むんだろうな……」

 レオはボソっとそう言って目を閉じた。



 コンコン!

 誰かがドアを叩く。

「はい!」

 返事をするとオディーヌが入ってきた。

「レオ、お疲れ様……」

 オディーヌは静かに言った。

「終わっちゃったね……」

「この星も消されずに済んだし、大成功だと思うわ」

 オディーヌもレオに並んできらびやかな夜景を眺めた。



「そうだね……。でもなんだか寂しくって……」

「私も同じ……。でも慣れなくっちゃ……」

 二人はしばらく何も言わず、夜景を見ていた……。



「私も……、もう帰らないといけないわ」

「えっ!? オディーヌも行っちゃうの!?」

 驚いてオディーヌを見るレオ。

「だって、私はアレグリスの国民じゃないわ。ここにいる法的根拠がないのよ」

「そ、そんな……」

 オディーヌが建国に果たした役割は大きなものだったが、法治国家では例外は許されない。

「引継ぎが終わり次第、ニーザリに帰るわ」

 目をつぶってうつむき、そう言った。

「そんなぁ! オディーヌ、行かないで!」

 レオはオディーヌの腕をつかみ、泣きそうな顔で叫ぶ。

 オディーヌはレオの手にそっと手のひらを重ね、涙を浮かべながら、

「あなたはもう国王なんだから、言葉は選ばないといけないわ……」

 そう優しく諭した。

「僕を一人にしないでよぉ!」

 レオはオディーヌの腕にしがみついて、ポロポロと涙をこぼす。

 オディーヌは何も言わずそっとレオを抱きしめ、可愛いすべすべとしたレオのほっぺたに頬ずりをした。

 成功して夢をかなえたはずなのに、全てを失ってしまうレオ。

「いやだよぉ!」

 その運命の非情さに打ちひしがれ、レオはいつまでも泣き続けた……。



       ◇



 翌日、国会が始まると、自由公正党は軍備増強の特別予算案を提出し、即時に全会一致で可決された。

 それを聞いてレオは真っ青になる。

 アレグリスの憲法では他国への侵略は禁止している。アレグリスの工場で作られている兵器はこの星の兵器に比べて圧倒的に先進的で、侵略など容易(たやす)かったが、戦争による現状変更をレオが望まなかったため日本の憲法を真似してこのようにしたのだ。

 そして、防衛するのであれば、すでに十分すぎるほどの軍事力を保有していた。

 それなのに軍拡を推進するという、レオはそこにヴィクトーのおそるべき野心を感じた。



 レオはすぐさまヴィクトーを呼ぶ。

 ヴィクトーは呼ばれる事が分かっていたかのように、すぐに執務室にやってきた。

 そして、部屋をぐるりと見まわして、オディーヌや零を一瞥(いちべつ)するとレオに堂々と言う。

「国王陛下、何かありましたか?」

「なぜ軍拡などするのですか?」

 レオは単刀直入に聞いた。

「国王陛下の理想をすべての国に広げ、この世から貧困と奴隷を無くします!」

 ヴィクトーは悪びれることもなくそう言い放った。

「侵略戦争はダメだよ! 多くの人が死ぬよ!」

「今、この瞬間も奴隷が過労や暴力で殺されています。彼らを救う事こそが死者を最小限にします!」

「そんなのは詭弁(きべん)だよ。アレグリスを成功させ、模範となって他国を少しずつ変えていくという話だったじゃないか!」

「そんな方法では何十年もかかります。武力介入すれば一瞬です!」

 ヴィクトーはグッと力こぶしを握って言った。

「ダメダメ! 僕がみんなに声をかけてくる!」

 レオがそう言って部屋を出ようとした時だった。ヴィクトーはパチンと指を鳴らす。

 すると、武装した兵士が十人ほど部屋になだれ込んできた。

「キャ――――!」「うわぁ!」

 オディーヌや零はいきなりの展開に悲鳴をあげた。

 武装兵たちは銃口をレオたちに向け、執務室を一気に制圧したのだった。

「国王陛下、我々は国民代表です。国民が武力を望んでいるんです。国民主権、この国で一番偉いのは国民だってあなたが決めたんですよ?」

 そう言ってヴィクトーはニヤッと笑った。



 レオたちは両手を上げ、絶望の中拘束されたのだった。





















4-5. 託されたカギ



 オフィスビルの地下室に三人は軟禁された。

「とんでもない事になっちゃった……」

 レオは頭を抱える。

「レヴィア様の警告を生かせなかった……。ヴィクトーたちはお父様たちを襲うつもりだわ、何とかしないと……」

 オディーヌは真っ青になって言った。

「何とかって……何か方法あるの?」

「シアンさんかレヴィアさんを呼べれば解決ですが……」

 零はそう言うものの、呼ぶ方法がない現実に肩を落とした。

 レオたちはスマホも取り上げられ、外界とは隔絶されてしまっているのだ。

「何か方法ないかなぁ……」

 レオが頭を抱えながら言う。

 三人は黙り込んだ。

 どこかの換気扇のグォーンという鈍い音が、かすかに地下室に響いている……。



「あの……、この世界は幻想だって……言ってましたよね……」

 零が歓迎会の時のことを思い出して言った。

「そうね、情報でできてるって……」

 オディーヌも思い出して言った。

「シアンは『知れば操作できる』と言ってた……」

「この世界を知る……、一体どうやって?」

 零が聞く。

「呼吸がカギだって……言ってたわ」

「呼吸!? 知る事と呼吸と何の関係が?」

「分からないわ、でも肺が唯一動かせる内臓だって……」

「なるほど……、瞑想……かもしれないな」

 零は腕組みをして言った。

「瞑想?」

 レオが聞く。

「心を落ち着かせると無意識の中が見えてくるんだよ。そこがカギになってるのかもしれない」

「じゃあ、やってみよう!」

 三人は零の『瞑想のやり方』の記憶を頼りに椅子に浅く座り、背筋をビンと伸ばしてゆっくり深呼吸を繰り返した……。



「なんかボーっとしてくるけど、世界のことは分からないね……」

 レオが言う。

 するとオディーヌが変な口調で話し始めた。

「なんじゃお前ら、捕まったのか、しょうがないのう……」

「レ、レヴィア様!? レヴィア様なの?」

 レオが驚いて聞く。

「いかにも我じゃ。じゃが……、議会の総意が正義である以上、我も介入はできんぞ」

「そ、そんなぁ……、多くの人が死んじゃうよぉ!」

「それが人々の総意なら止められんのじゃ」

「レヴィア様ひどい!」

「ひどいって言われてものう……」

「瞑想するのは正解ですか?」

 零が横から聞く。

「いかにも正解じゃ……。ついでに一つだけヒントをやろう。レオの短剣、それがカギになっとる。上手く使えよ」

「えっ? 短剣!?」

 レオは腰のベルトに付けておいた短剣を取り出して眺めた。しかし、それはただの剣だ。瞑想でどう使うのか分からない。

「ねぇ、どうやって使うの?」

「瞑想を極めたら自然と分かるよ。これ以上は言えん。健闘を祈っとるよ」

 そう言うとオディーヌはぐったりと倒れた。

「これがカギ……」

 父の形見だとママに渡された短剣。まさかそれがこの世界のカギだったとは……。思いもかけなかったことにレオはしばし呆然(ぼうぜん)として短剣を眺めていた。

 零は、気を失ったオディーヌを丁寧に横たえると、言った。

「レオさん、カギを使いましょう!」

「う、うん……。瞑想してこれを使うとシアンみたいになれる……ってことだよね?」

「そうだと思います。ヴィクトーを止めましょう!」

 レオは短剣を握り締め、再度深呼吸を繰り返した。



 ス――――、フゥ――――。



 ス――――、フゥ――――。



 何度か繰り返すものの、雑念が邪魔をして一向に瞑想状態まで行けないレオ。

「ダメです、どうやるんですか?」

 レオは泣きそうになって零に聞いた。

「焦らなくていいんです。雑念が湧いてもいいんです。雑念が湧いたら『これは横に置いておこう』って思ってまた深呼吸するといいんです」

 零は以前読んだ瞑想のやり方を思い出し、伝える。

「分かったよ!」

 レオは再度深呼吸を始めた。



 ス――――、フゥ――――。



 ヴィクトーの顔がチラついたが、それを横に流し、

 ス――――、フゥ――――、と深呼吸を続けた。



 やがてフワッと体が浮き、スーッと落ち込んでいく感覚がした。

 レオはそのまま深呼吸を続ける……。

 どんどん、どんどん、落ちて行く……。

 それは今までにレオが感じたことのない感覚だった。

 レオは恍惚とした表情でさらに深い所を目指す……。

























4-6. 魂の故郷



 やがて、何かが見えてきた。

 それは中央が塔のようになった、巨大な花だった。

 五十メートルはあろうかと言うその花は、薄暗い巨大な洞窟の中に咲いており、中央の塔がめしべのような形で、明るい光の球を内包していた。花びらはキラキラと鮮やかな色で無数のきらめきを放ち、甘い香りを漂わせている。

「うわぁ……」

 レオはその幻想的な風景にしばし見とれていた。そして、しばらく見ているうちに自然とそれが何だか分かってしまった。それは魂の故郷だった。花びらの無数のきらめき一つ一つがそれぞれ誰かの魂の喜怒哀楽を表しているのだ。

 生きとし生けるものの魂はここで管理され、喜怒哀楽の輝きを放ちながら他の魂と共鳴するのだ。

「綺麗……」

 レオはそのきらめきを見ながら自然と涙をこぼしていた。

 生命の営み……、この星に生きる全ての人たちの心の物語は、この花できらめきとなって紡がれている……。

 命はかくも美しく、幻想的な輝きだったのだ。



 そして、自分たちの勝手な都合で、この輝きを消しちゃいけないと改めて誓った。

 レオは思念体となってふわふわと花の周りを飛んだ。蛍のような光の微粒子がわらわらとまとわりついてくる中を、ゆっくりと一周してみる。まるで光のじゅうたんのような花はどこから見ても気品高く、心に迫る美しさにレオはゾクッと(しび)れた。



         ◇



 花の脇に降り立つと、花は巨大なテントのようにその花びらを大きく広げている様子が見て取れた。とても立派な構造物である。



「で、どうするんだろう?」

 レオは短剣をどう使ったらいいのか悩んだ。すると、思念体の手に短剣がぼうっと浮かび上がる。

 柄のところの赤い宝石がキラキラと輝き、刀身は青く蛍光していた。

「うわぁ、綺麗……」

 レオは短剣を見つめる。記憶にない父から譲り受けた短剣、父はこれで何をやっていたのだろうか……?

 短剣は斬るものであるから何かを斬るのだろうが……、一体何を?

 レオは試しにビュンと短剣を振ってみた。

 すると、ビシュッ! という手ごたえがあり、レヴィアがやっていたように空間に切れ目が入った。

「わぁ! これだ!」

 レオはそっと切れ目に手をかけて、切れ目を広げてみる……。

 切れ目の向こうには年季の入った宿屋の建物が建っていた。

「えっ!? こ、これは僕んちじゃないか……」

 レオは驚き、切れ目を押し広げて体を通し、宿屋に近づいてみる。

 それは戦乱で焼けたはずの懐かしいレオの実家だった。



 レオはひざからガックリと崩れ落ちた。

「マ、ママ……、うっ……うぅぅぅ……」

 あの日、レオは全てを失った。

 レオの脳裏に燃え上がった宿屋がフラッシュバックし、思わず頭を抱え、しゃがみこむ……。

「マ、ママぁ……」

 激しい頭痛がレオを襲いポタポタと涙が落ちる。



 その時、宿屋のドアが開いた。

「えっ?」

 見上げると、そこには男性が立っていた。ひげを蓄えたガッシリとした彼は優しい目でレオを見つめた。

 レオはその人に見覚えがあった。それは夢に出てきた男性だったのだ。

「レオ、よく頑張ったな」

 男性はしゃがんで両手を前に差し出した。

「パ、パパ……なの?」

 レオは信じられないといった表情で聞いた。

「そうだ……。守ってあげられずに……、ゴメン」

 男性はそう言って申し訳なさそうにうつむいた。

 レオは軽く首を振りながら男性を見つめた。

 男性はちょっとはにかんで、また両手をレオに向けて開いた。

「おいで……」

「パパぁ――――!」

 レオは駆けだすと思いっきりパパに飛び込んだ。

 パパはしっかりと抱きしめ、愛おしそうに頬ずりをした。

「うわぁぁぁ、パパぁ――――!」

 レオは泣いた。シングルマザーで苦労しながらも、弱音一つ吐かなかったママの愛した人、そして、時折ママが自慢していたレオのルーツとなる男性。ずっと気になっていたパパについに出会えたのだ。レオは泣いた。オイオイとみっともない姿で大声で泣いた。

 パパはそんなレオを何も言わずギュッと力強く抱きしめた。

 レオに託されていた形見の短剣は、絶体絶命のレオに土壇場のところで奇跡を起こしたのだった……。





















4-7. パパの置き土産



 レオが落ち着くとパパは淡々と説明を始めた。パパはレヴィアの部下としてこの星の副管理人として働いていたが、宿屋の娘と恋に落ち、結婚してレオが生まれた。しかし、(よこしま)な想念に囚われた他の管理人との死闘の結果、相うちとなって命を失ってしまったのだった。

「えっ!? 死んじゃった……の?」

 レオが不思議そうに聞く。

「そう、だからこのパパは本物のパパじゃない。パパが残した残留思念なんだ。レオが来た時のために準備しておいた思念体だよ」

 パパはそう言って寂しそうに微笑んだ。

「残留思念……。でも、パパはパパだよね?」

 不安そうに聞くレオ。

「そうだね、パパの一部だと考えてみて」

 パパは優しく笑い、レオも微笑んだ。



「そうだ、今、僕ピンチなんだよ」

 レオが眉をひそめて言う。

「分かってる。今からイマジナリーをレオに教えよう」

「イマジナリー?」

「レヴィア様みたいな不思議な力のことだよ」

「えっ!? レヴィア様みたいになれる?」

「うん、パパの息子ならレヴィア様よりうまくなれると思うぞ」

「やったぁ!」

 レオは両手を上げて喜んだ。

「ここに来れているなら自分の心の扱い方はもうわかっているはず、次はデータのアクセス方法だ」

「データ?」

「この世界は情報でできている。物は全てデータなんだ。リンゴでも人体でもみんなデータとして管理されている。だから、データを呼び出せば……」

 そう言ってパパは手のひらの上にリンゴをポンッと出した。

「うわっ! すごい!」

「レオもやってごらん」

「えーと、リンゴ、リンゴ……」

「あ、そうじゃなくて、まず、システムに意識を繋げるんだ」

「システム?」

「深呼吸すると、意識の底の方に硬い物があるはずなんだ。それに意識を集中して、そこにリンゴのイメージを送るんだ」

「やってみるね!」

 ス――――、フゥ――――。

 レオは目をつぶり、深呼吸を何度も繰り返し、意識の更なる奥底へ降りていく……。

 すると、確かに何か硬い物がある。

 レオはリンゴを思い浮かべ、そのイメージを硬い物に送った……。

 手のひらの上にズシッとした重さが伝わる。

 目を開けるとそれは真っ赤で美味しそうなリンゴだった。

「うわぁ! できた!」

「上手いぞ! さすがパパの子だ!」

 そう言ってパパはレオの頭を優しくなで、レオはうれしそうにパパを見た。



       ◇



 しばらくパパの特訓が続き、一通りイマジナリーの伝授が終わると、パパは優しい顔で言った。

「これで基本は全て終わりだ、レオは優秀だな」

「ありがとう!」

 レオは満面の笑みで答えた。

「お前はパパの自慢の息子だ。ありがとう……」

 パパはそう言ってレオをギュッと抱きしめた。

「ふふふ、パパ、大好き……」

 レオはパパの胸の中で幸せそうにそう言った。

 すると、パパの力が徐々に弱くなっていく。

「えっ!?」

 驚いてパパを見ると、パパの身体はどんどん薄くなって透け始めていた。

「ど、どうしたの!? パパ!」

 レオが叫ぶと、

「時間切れだ。ありがとう……。元気にやるんだぞ……」

 パパはそう言って寂しそうにどんどん薄くなっていった。

「嫌だよぉ! パパ! いかないで! もっといろんな話聞かせてよぉ!」

 泣き叫ぶレオ。

「さようなら……」

 最後にかすかな声でそう言うと、パパは消えていった。

「うわぁぁぁ! パパ――――!」

 レオの絶叫が静かな異空間に響き渡った。

 崩れ落ちるレオ……。



「みんなひどいよぉ! なんでおいてくんだよぉ――――! わぁぁぁん!」

 彼の心を温かくする存在はことごとく去っていく。それも、うまくやり、成功しているのに去っていく。それはまだ幼いレオには耐え難い心の痛みだった。

「ぐわぁぁぁ――――!」

 レオの慟哭(どうこく)が異空間の中にいつまでも響いた。



























4-8. 暴力の発露



 やがて、宿屋がすぅっと消えていく……。

 レオは地下室へと戻された。

 いきなり泣きじゃくるレオを見て、オディーヌはそっとハグをする。

 オディーヌの温かい胸に(いだ)かれながら、しばらくレオはすすり泣いていた。

「辛い目に遭ったのね……」

 ゆっくりとうなずくレオ。

「かわいそうに……」

 オディーヌは愛おしそうにゆっくりとレオの頭をなでる……。

 柔らかく甘く香るオディーヌの匂いがレオを優しく包み、レオはゆっくりと自分を取り戻していった……。



 落ち着くと零が優しく聞いた。

「大丈夫? 何かわかったかい?」

 レオは静かにうなずいた。

 そしてレオは何かを考えこみ……、ハッとして言った。

「大変だ! ニーザリにヴィクトーの軍が侵攻してる!」

「えっ!?」

 青ざめるオディーヌ。

「僕、止めてくる!」

 そう言うと、レオは指先で空間を切り裂き、ニーザリへとつなげた。



      ◇



 ヴィクトーは千人の歩兵部隊を引き連れ、スラムの倉庫から一気に王宮へと侵攻していた。

 しかし、道中の街は静まり返っていて、いつもの賑わいは無かった。

「ちくしょう! 誰か漏らしやがったな!」

 ヴィクトーは悪態をつく。

 しかし、グレネードランチャーと自動小銃で武装した部隊を止められる様な軍事力をニーザリは持っていない。あえて言うなら特殊魔術師部隊が気になるが、それでも千人を相手にできる力などなかった。ヴィクトーは予定通り侵攻を続けることにした。



 ザッザッ! という規則正しい行進の足音が不気味に石造りの街に響く。



 王宮へつながる中門まで来ると、城門が閉じていた。ここが閉じているのをヴィクトーは初めて見た。そして、城壁の上には弓兵や魔術師が待ち構えている。



「ゼンターイ! 止まれ!」

 ヴィクトーは弓矢の射程距離の手前で手を上げると、大声で叫んだ。



 ザッザッ!

 歩兵たちはその場で二回足踏みをすると一斉に行進を止める。その一糸乱れぬ動作は、高い練度と忠誠心を感じさせた。



 城壁の上の弓兵達とヴィクター達はにらみ合う。



「グレネードランチャー用意!」

 ヴィクトーが叫ぶと、でかい対戦車弾頭のついた長い兵器を携えた兵士が四人出てきてヴィクトーの前に並び、城門に弾頭を向けた。



 ヴィクトーはニヤリと笑うと、

「ニーザリ軍に告ぐ! これより城門を吹き飛ばす。被害を出したくなければ投降せよ!」

 と、叫んだ。

 しかし、弓兵たちは微動だにしない。それは死んでも降伏などしないという意思表示だった。



「撃ち方よーい!」

 ヴィクトーが叫ぶと、兵士はひざをつき、安全装置を解除して照準を出し、城壁を狙って引き金に指をかけた。



 と、その時だった、横の方から兵士たちの前に子供が走り出て、両手を大きく広げて叫んだ。



「ヴィクトー止めろ!」



 それはレオだった。



「へ、陛下……」

 ヴィクトーは予想外の妨害に動揺した。



「ヴィクトー! 殺してはダメだ! 僕たちの理想は人を殺しては叶えられない!」

 レオは必死に叫んだ。



「何を言ってるんですか、陛下。この旧態依然とした搾取構造を破壊しない限り理想など夢です!」

「僕はテロリストたちのテロに遭った事がある。ひとたび人を殺せば憎しみは次の殺戮を呼ぶ。軍隊をどんなに強化したってテロリストは封じ込められない。アレグリスの街にテロの嵐が襲うぞ!」

 ヴィクトーは返す言葉がなく黙ってしまう。

「もう一度ちゃんと話し合おうよ。話し合えばきっと理想は叶えられるから」

 レオはヴィクトーに両手を差し出し、受け入れる姿勢を見せた。

 ヴィクトーはうつむき、しばらく何かを考える……。

 そして意を決すると、レオをにらみ、叫んだ。

「お前は陛下じゃない! 偽物だ! 目標、陛下の偽物! 撃ち方よーい!」

 なんとヴィクトーはレオを拒絶し、攻撃にうつったのだ。

 しかし、レオは一歩も引かない。

 真一文字に口を結び、両手を差し出したままだ。



 兵士たちはお互い顔を見合わせながら、本当に命令を聞いていいのかオロオロしてしている。

「腰抜けが! 貸せ!」

 ヴィクトーはグレネードランチャーを兵士から奪い取ると自分で構え、レオに照準を合わせた。

「ヴィクトー! 止めろ! なぜ分かってくれないんだよぉ!」

 レオは泣き叫ぶ。

「自由の国、アレグリス、バンザーイ!」

 ヴィクトーはそう叫びながら引き金を引いた……。





























4-9. 暴走する殺意



 バシュン!



 発射音がして弾頭は目にも止まらない速度でレオに襲いかかった。

 直後、ズズーン! という大爆発が起こり、レオは爆炎の中に消えた……。



「イヤ――――っ!」

 脇の方の空間の裂け目から様子をうかがっていたオディーヌが、泣き叫ぶ。

 モウモウと上がる爆煙……。



「レオ――――っ!」

 静まり返った中門前の広場には、オディーヌの悲痛な叫び声がこだましていた。



 その直後、爆煙の中から何かが飛び出し、ヴィクトーたちを襲った。



 ビッシャァ!

「ぐわぁぁ!」「うひぃぃ!」

 盛大な水しぶきをあげながら兵士とヴィクターが吹き飛んだ。飛んできたのは巨大な水玉だったのだ。

 一体何があったのか分からない兵士たちに、次々と巨大水玉が襲いかかる。



 ビシャッ! ビシャッ! ビシャッ! ビシャッ! 



 高速に連射される水玉は次々と兵士たちを吹き飛ばす。

 ただの水ではあったが、高速な水玉の威力はすさまじく、大崩れとなった歩兵たちは次々と逃げだしていった。



 爆煙が晴れていくと、レオが手のひらを兵士たちに向けたまま立っていた。

 服はズタボロに焼け焦げ、髪の毛もチリチリだったが、身体は無事のようだった。



「ダメ! レオ! 逃げてー!!」

 その時、オディーヌが叫びながら駆けてくる。



「えっ!?」

 レオが振り返ると、背後の弓兵が弓を引き絞り、矢を放った。



「ダメ――――っ!」

 オディーヌが叫びながらレオに抱き着いた時、矢はオディーヌを貫いた……。



 ドスッ! と鈍い音を立てながら矢はオディーヌの背中から心臓を撃ち抜いたのだった。

「うわぁぁ!!」

 倒れる二人。そして、倒れたレオの上にオディーヌは覆いかぶさり、

 ゴフッ!

 と血を吐いた。

「オ、オディーヌ!?」

 叫ぶレオ。

 レオはオディーヌの身体を持ち上げ、オディーヌを貫く血だらけの矢を見つけ、

「いやぁぁ! オディーヌ!!」

 と、絶叫した。

 オディーヌは血だらけの震える手でレオの頬に触れると、涙でいっぱいの瞳で

「あなたと……、もっと……、いた……かった……」

 そう言ってガクッとこと切れた。

「オディーヌ! オディーヌ!」

 錯乱するレオ。

「ぐわぁぁぁ!」

 レオの絶叫が広場に響く。同時にレオの身体からはどす黒いオーラがブワッと湧き出した。オーラは城壁にすごい勢いで城門にぶち当たるとズン! という激しい衝撃音を放ちながら城門を破壊した。上にいた弓兵たちは崩落する城門から転げ落ち、逃げ出していく。

 するといきなり人影がどこからともなく現れて言った。

「我に見せるんじゃ!」

 レヴィアだった。

 レヴィアはオディーヌに手を当て、必死に治癒魔法をかけた。

 レオは涙をポタポタ落としながら、その様子をジッと見つめる。

 しかし、いつまで経ってもオディーヌの目は開かなかった。

「ぐぅ! ダメじゃ! 治癒妨害の毒を使っとる!」

 レヴィアはギュッと目を閉じて無念そうに言った。

 オディーヌは血まみれの服に包まれ、真っ白い顔でピクリとも動かない。

「えっ!? そんなぁ……、やだ……やだよぉ!!」

 レオはレヴィアの腕をつかんでゆらす。

「これ以上は我にも無理じゃ……」

 そう言って、レヴィアは首を振った。

「シアン……シアンならできるの?」

 レオが必死に聞く。

「もちろん、シアン様なら生き返らせられる……が……どうやってお願いするんじゃ?」

「田町へ行けばいいんでしょ? 僕、頼んでくるから転送して!」

「お主……気軽に言うが、奇跡のお願いのために星を渡らせるなんて重罪じゃ。我は捕まって牢屋行きなんじゃぞ……」

 レヴィアは泣きそうな顔で言う。

「大丈夫、シアンが何とかしてくれるよ!」

「無事シアン様に会えて、納得してくれたら……な」

「他に道は無いんでしょ!?」

 レヴィアは目をつぶり、大きく息をついて言った。

「そうじゃ、やるしかない……、やるしかないが……シアン様は根源なる威力(オールマイティ)、百万もの星の頂点に立つ宇宙最強の軍事力じゃ。もう別れて久しい。我らと一緒にいた時のシアン様……、あれは気まぐれのお姿じゃ。あの姿を期待してたら瞬殺されるかもしれんぞ」

「殺されてもいい、僕はオディーヌを生き返らせるんだ!」

 レオは涙をポロポロとこぼしながら叫んだ。

 レヴィアはゆっくりとうなずくと、

「分かった……。田町まで送ってやろう。お主のその覚悟で道を切り開くんじゃ」

 そう言って、レヴィアはレオの身なりを整えると、

「神殿で待っとるぞ、行ってこい!」

 そう言って両手をレオに向け、東京に転送させた。

























4-10. バージョンアップ女子



 レオは気がつくと田町の高級マンションのドアの前にいた。

 ここから先、ミスは許されない。

 目を閉じて大きく息をつき、気持ちを落ち着けて、レオは恐る恐る呼び鈴を押した。



 ピーンポーン!



「はい、どなた?」

 若い女性の声がする。

「シアンの友人のレオです。シアンにお話があってきました」

「あらあら、可愛いお客さんね……。どうぞ」

 ガチャッとロックが開いた。



 レオが恐る恐るドアを開けると、清楚な女性がパタパタパタと廊下を早足でやってきた。

「まぁまぁ可愛いお友達ね。ただ……、あの子は今会えるような状態じゃないのよ」

 そう言って女性は申し訳そうな顔をする。

「え? どうなってるんですか?」

「うーん……、まぁあがって」

 そう言って女性はレオを奥へと案内した。

 レオが進むと、そこは広いリビングで、机が並んでいるオフィススペースになっていた。

 メゾネットづくりの吹き抜けで、広大な窓ガラスが開放的な景観を作り、ゆったりと流れるスローなジャズが気持ちの良い空間だった。

 全宇宙の最高機関と聞かされていたレオは、もっと恐ろしい場所を思い描いていたが拍子抜けであった。

 女性はレオをソファーに座らせ、麦茶を出し、

「わざわざ来てくれてありがとう。私はあの子の母親の神崎よ」

 そう言って、クリッとしたブラウンの瞳でニコッと笑った。

 しかし、まだ二十代であろう若くて張りのある美しい肌はとても子持ちには見えず、レオは少し困惑した。

「お、お母さま……ですか。シアンさんにはとてもお世話になりました」

 レオは頭を下げた。

「こんなお友達ができたなんて、あの子は一言も言ってくれなかったわ……」

 そう言って神崎はちょっと不満げな顔をした。そして続ける。

「それで、あの子なんだけど……。今、あの子はね、バージョンアップ中なのよ。だから会ってくれないと思うし、そもそもあなたの事を覚えているかも……怪しい……かも……」

 神崎は申し訳なさそうに言う。

「バージョンアップ……?」

 レオは何を言われたのか全く分からなかった。

「あの子は半分AI……機械なのよ。それで時々自分を作り変えて勝手にどんどん強くなっていっちゃうの……。最近ではもう私も何がどうなってるのか全く分からないのよ」

 神崎は肩をすくめる。

「き、機械……ですか……」

 レオは困惑した。確かに破天荒なシアンの行動は常識外れではあったが、温かく柔らかい女の子が機械だったと言われてしまうと、どうしたらいいか分からない。

 しかし、シアンの正体が機械でも何でも今は会うしか道はなかった。



「で、シアンは今どこに?」

「それも分からないわ……。ごめんなさいね」

 神崎はひどく申し訳なさそうにうつむいた。

「な、何とかならないですか? 大切な人の命がかかってるんです!」

 レオは切々と経緯を訴えた。

 神崎はレオの涙まじりの説明を、うんうんとうなずきながら聞き、

「……、それなら……、ついて来てくれる?」

 そう言いながら立ち上がった。



         ◇



 メゾネットの階段を上がり、神崎は木製のドアのオシャレなドアノブをガチャっと回し、微笑みながら言った。

「どうぞ入って」

 レオはドアの中を見て困惑した。真っ暗な中に点々と何かが光っている……。

 レオが困った顔で神崎を見ると、神崎は優しくうなずいた。



 恐る恐る中へと進むレオ。

 やがて、目が慣れてくると光の(もや)が流れているのに気がついた。

「え……? あ、天の川だ!」

 レオは思わず叫んだ。

 そう、部屋の中は満天の星々が広がる大宇宙だった。

「うわぁ……」

 思わず顔をほころばせて奥へと進むレオ。

 そして、横を見ると巨大なイルミネーションが見える。それはまるで満開の桜の木のようにモコモコとした大樹の形になって煌びやかな光を放つ光のオブジェだった。それは今まで見たどんなイルミネーションよりも美しく、大宇宙を背景に荘厳に静かにその煌めきを誇示していた。ただ、美しさの奥に秘められた何かに、レオは思わずブルっと身震いした。



















4-11. 全宇宙の輝き



「世界樹よ、綺麗でしょ?」

 神崎は言った。

「世界樹……?」

「あの煌めく花、一つ一つが現実にある一つの星なのよ」

「えっ!? これが全部星!?」

 レオはただ美しいだけではない凄みの理由に気おされた。

「あなたの星は……、あそこね」

 神崎はそう言って指先を高く伸ばし、枝の先に着いた小さな光の花を指さした。その玉の光は他のにぎやかに光り輝く花に比べて見劣り、貧弱さを漂わせている。

「あれ……、なんでこんな……」

 心配になるレオ。これはきっと瞑想の時に見た巨大な花と同じものだろう。単体で見た時は綺麗に輝いて見えたが、他の星の大きく激しい輝きをまとった花に比べると見劣りしてしまう。

「この光はその星に生きる人たちの喜怒哀楽の輝きなの。人の数が多ければ多いほど、活性が高ければ高いほど強く輝いて見えるわ」

「僕たちの星はその辺が貧弱なんだね……。シアンが……うちの星を消そうとしたのもそれが理由?」

 レオは泣きそうな声で聞いた。

「そうね。宇宙のリソースは有限なの。活きが良く元気な星をどんどん伸ばすためには、生きが悪い星は間引かないとならないの」

「間引くって……、みんな殺しちゃうって……こと?」

「殺しはしないわ、新しい星に転生するだけ。もちろん、なるべく避けるようにしてるわよ。あなたの星も消されなかったでしょ?」

 レオは目をつぶり、押し黙る。何が正しいのか、この壮大なスケールの宇宙の営みをどう考えたらいいのか分からなかったのだ。

「宇宙はこうやって五十六億七千万年かけて発達し、こんな見事な花が咲き誇る世界に育ったのよ」

 レオは偉大な世界樹を見上げ、ふぅと大きく息をつく。そして、その壮麗な光のファンタジーに魅せられ……、また目をつぶった。



       ◇



「それで……、シアンはどこにいるんですか?」

 レオは神崎を見て言った。

「この無数の輝きの中の一つが……あの子の物よ。あなたにそれが見つけられるかしら?」

 数千兆個にも及ぶ無数のきらめきの中から『シアンを探せ』と言う神崎。その目にはやや挑戦的な色があった。

「えっ!?」

 予想外の展開に言葉を失うレオ。

 どう考えても無理だ。そんなの砂浜の中から一つの砂粒を見つけ出すようなものだ。できる訳がない。

 しかし、諦めたらオディーヌもレヴィアも破滅だ。絶対シアンには会わねばならない。

「シアーン! 僕だよ、レオだよ!」

 レオは必死に叫んた。

 しかし、世界樹には何の変化もない。

 レオは焦り、必死に考える……。シアンは目の前にいる。でも、どれがシアンか分からない……。居るのに会えない、そのもどかしさがレオを苦しめる。

 その時、別れ際のシアンの言葉を思い出した。

 そして、大きく息を吸って気持ちを落ち着けると、

「シアノイド・レクスブルー! 僕が来たよ!」

 と、大声で叫んだ。

 神崎は驚いてレオを見つめる……。

 直後、世界樹が揺れた。

 そして幹の一番根元がまぶしく光り輝く。

「シアーン!」

 レオは光に走り寄り……、直後すうっと消えていった……。



       ◇



 レオが気がつくと、暗いゴツゴツとした岩だらけの荒野にいた。周りを見回すと満天の星々が広がり、天の川もくっきりと流れている。しかし、ただ一つ、違うものが夜空に浮いていた。

 赤くボウっと光る奇妙な巨大構造体が夜空高く浮いていた。レオはしばらくなんだか分からなかったが、ジーッと見つづけて、それは太陽を覆う三本の巨大な幅広のリングである事に気づいた。大きさが少しずつ違うリングは六十度ごと角度をつけて交差されており、まるでカゴの目のように、巨大な正三角形が夜空に浮かんで見える。

 レオが吸い込まれたのは世界樹の根のところだった。つまり、この世界は多くの世界の根底に当たるに違いないが、あの太陽サイズの超巨大リングが何のためにあるのか、レオには想像もつかなかった。

 周りを見回すと、レオのいる星は極めて小さく、言わば小惑星で、空気もない事に気がついた。レオは一瞬焦ったが、自分の周りにシールドが張られているのを見つけ、ホッとする。

 極めて弱い重力の中、ゆっくりビヨーーンと飛び上がってみる。どこまでも高く浮かび上がり……、そしてゆっくりとまた戻ってきた。

「おーい! シアーン!」

 レオは叫びながら斜めに飛びあがる。

 ジャガイモのような形をした小惑星は、ゴツゴツとした岩肌が続くばかりで、レオは不安になってくる。

 と、その時、ジャガイモの目の様なくぼみに青い光を見つけた。レオは慣れない低重力の中、何とか身体をコントロールしながらくぼみへと降りていく。

 くぼみの奥底には大きな水晶の結晶が生えていて、それが青く光を放っていた。その清涼さを感じさせる青い結晶は、荒涼とした小惑星で唯一シアンを感じさせてくれるものだった。























4-12. 美しき構造体



 レオは迷わず結晶に触った。すると、レオは結晶に吸い込まれ、気がつくと白と青の世界にいた。そう、それは初めてシアンと会った時に連れていかれたシアンの内部だった。

 見渡す限りの白い世界、そして、眼下に広がるどこまでも澄んだ水……、真っ青の水平線。ついにレオはシアンのところまで来られたのだった。

 しかし……、見渡す限りの水平線だけでシアンはいない。バージョンアップ中だから不在なのだろうか……。レオは心細くなり、叫ぶ。

「シアーン! おーい! シアーン!」

 しかし何の返事もない。仕方なく、レオは広大な世界を飛び回ってみる。どこまでも続く白と青だけの世界、それは純粋で清浄で、しかし、レオには不安を呼び起こす。

 レオは高度を高くとってみた。どんどんと高度を上げ白の世界をどんどんと上の方へ上の方へと行ってみる。しかし、見える風景は全く同じ、どこまでも続く水平線はただまっすぐに目の前に広がるだけだった。



「シアノイド・レクスブルー! 僕だよ――――!」

 と叫ぶが、何も起こらなかった。



 レオは困惑し、ゆっくりと辺りを観察する……。

 すると、水の中で何かがキラッと何かが光ったのを見つけた。

「えっ!?」

 レオは急いで飛んでいく。

 近くまで行くと、水中にガラスでできたような巨大な構造体が沈んでいるのが見える。

 レオはその構造体へ向けて両手を向け、そっとパパから教わった力を込めて引っ張り上げた。

 やがて水の上に引き上げられたそれは、正八面体の形をした一軒家くらいのサイズの、巨大なガラスの構造物だった。

「なんだこれ!?」

 レオは不思議に思って構造物に近づき、観察する。構造物の内部には透明で緻密な繊維が縦横無尽に走り、キラキラと微細な光を放ち続けていた。

「うわぁ……綺麗だなぁ……」

 その不思議で見事な造形に見とれてると、

「なんだお前?」

 と、上から声がした。懐かしい声だ。

 レオがあわてて見上げると、そこにはシアンがいた。

 しかし、青かった髪は黒々としていて、心なしか釣り目になって険しい表情でレオを見つめている。

「シ、シアン! 僕だよ、レオだよ!」

 レオは急いで言った。

 シアンはしばらく首をかしげ……、

「あぁ、お前か。悪いがお前と仲良くしてたシアンはもういないよ」

 と、冷たく言い放った。

「えっ!? そ、そんな……。オディーヌ、オディーヌが大変なんだ! 力を貸して!」

 レオは必死に訴える。

「うーん……、それって僕に何のメリットがあるの?」

 シアンは面倒くさそうに言う。

「人生は損得勘定じゃないよ、『損をするのもいい』ってシアンも言ってくれてたじゃないか!」

「うるさいガキだねぇ……僕は損することなんてやらないの!」

 シアンは冷たい表情で肩をすくめた。

「僕は……、そんな悪い子のシアン、認めない。こんなバージョンアップは失敗だよ!」

 レオがシアンをにらんで言う。

「ほーう、認めないってどうすんの? 根源なる威力(オールマイティ)たる僕と戦うの? 小僧が? きゃははは!」

 シアンはレオを嘲笑(あざわら)う。しかし、レオには余裕があった。

「僕、このガラスの構造物が何か分かっちゃったんだ。これ、シアンの本体……だよね?」

 レオは構造体に手を当てて、ニヤッと笑いながら言う。

 シアンは急にレオをにらみ、構造体の中でキラキラと無数のきらめきがブワッと広がった。

「何? 壊すつもり?」

 シアンの声から余裕がなくなる。

「一旦、元のシアンに戻って! お願いだよ!」

 レオは必死に頼む。

「チッ! オディーヌは蘇生させてやる。だからその手を離しなさい」

 シアンは舌打ちをして叩きつけるように言った。

「ダメ! そんなんじゃないんだ。前の明るく楽しいシアンに戻って! そっちの方がシアンにとっても絶対いいんだから……」

 シアンはキッとレオをにらみ、大きく息をつく……。

 そして、目をつぶり、大きく肩で息をすると、考え込む……。

 ガラスの構造体から垂れる水滴がピチョン、ピチョンと静寂の中響いていた。



 シアンはゆっくりと目を開け、愛おしそうにレオを見て微笑む。

「分かった。そうだね、レオの言うとおりだよ。おいで……」

 そう言って、両手をレオの方に優しく広げた。

 それはあの優しかったシアンそのものの言葉だった。

「良かった! ありがとう、シアン!」

 レオはパアッと明るい表情になり、シアンの方に急いでスーッと飛ぶ。

 と、その時だった、急にシアンは悪い顔になり、

「なんて言う訳ねーだろ、バーカ! きゃははは!」

 と、悪態をつき、手のひらをフニフニと動かすと、ガラスの構造体をどこかに退避させてしまった。































4-13. 限りなくにぎやかな未来



「えっ!? だましたの!?」

 焦るレオ。

「お子ちゃまの理想を押し付けんなって」

「僕が子供だとか関係ない、これは人として……」

「あー、うるさい! 死ね!!」

 シアンはそう叫んでレオに一瞬で迫ると、光をまとわせた手刀でレオの首めがけて振り下ろす。

「ひぃっ!」

 レオは目をつぶり、死を覚悟した……。



 ガキッ!

 衝撃音が響き……、

 ガッ、ガガガガッ!

 と、交戦音になった

「え?」

 レオが目をそっと開けると、誰かがシアンと戦っていた。

 よく見るとそれは青い髪のシアンだった。

「シアーン!」

 レオは思わず叫んだ。



 青髪のシアンは、目にも止まらぬ速度で黒髪のシアンにこぶしを打ち込んでいく。

 防戦一方の黒髪のシアンが喚く、

「くっ! なぜお前がまだ残ってんだ!」

「きゃははは! お前はテスト失格!」

 そう叫ぶと青髪シアンは腕をまばゆいくらいに光らせ、目にも止まらぬ速さで黒髪シアンの胸を腕ごとぶち抜いた。

「グフッ!」

 黒髪シアンは血を吐きながら吹き飛ばされる。

 鮮烈な赤色の血液がボタボタと水面に落ち、青の世界を濁した。

 それでも、黒髪シアンは全身光をまとい、治癒魔法で再生させながら体勢を取り直し、鋭い視線でにらみつけ、吠えた。

「旧バージョンのくせに生意気だ!」

 青髪のシアンはニヤッと笑うと、

「どんなに性能をあげても、損得勘定で動く奴は底が浅いんだよね~」

 そう言って黒髪シアンの背後にワープし、両手を組んで振り下ろし、黒髪シアンを水の中へと叩き落とした。

 ザッバーン! と派手な水柱が上がる。

「レオを守ると決めた僕には勝てないよ」

 青髪シアンはそう言いながら、手のひらをフニフニと動かした。

 どこからともなくガラスの構造体が徐々に浮かび上がってくる……。

「失敗作はさようなら~!」

 青髪シアンはそう言いながら拳に力を込め、光をまとわせた。



「止めろ――――!」

 水から飛び出してきた黒髪シアンは酷い形相で止めようとしたが、ガラスの構造体は拳を受け、光をキラキラとまき散らしながら粉々に砕け散り、バラバラと水の中へと落ちて行く……。



「ぐわぁぁぁ!」

 黒髪シアンは断末魔の叫びを上げながら、湧き上がるブロックノイズの中に消えていった。



「シアーン!」

 レオは涙をポロポロとこぼしながら、シアンに向けてまっすぐに飛ぶ。

 シアンはニコッと微笑むと両手をレオに広げた。

 レオはすごい勢いでシアンに抱き着き、オイオイと泣く。

「ごめん、ごめん、怖い思いさせちゃったね……」

 シアンはレオをぎゅっとハグして、可愛い頬に頬ずりをした。



「もう、死んだかと……、思ったよぉぉぉ!」

 レオはシアンを抱きしめて叫んだ。

「悪かったね……。レオの言うとおりだよ、バージョンアップは失敗だった」

 そう言ってレオの頭をそっとなでた。



 レオはひとしきり泣くと、

「そうだ! オディーヌ、オディーヌが!」

 と、シアンの目を見て叫んだ。

 すると、シアンはニコッと笑って、

「はい、オディーヌはこちら」

 そう言って手を伸ばし、手のひらを広げた。すると、まるでマジックショーのようにオディーヌがボン! と音をたてて現れた。

「えっ?」「えっ?」

 驚いて見つめ合うレオとオディーヌ。

「オディーヌ――――!」

 レオはオディーヌに飛びついた。

「オディーヌ! オディーヌ!!」

 レオは何度も叫びながらオディーヌをきつく抱きしめる。

「レオぉ……」

 二人ともむせび泣きながらお互いの無事を喜び、温かい体温に癒されていた。

 シアンはそんな二人を温かなまなざしで見つめる。

 青と白の世界にゆったりとした優しい時間が流れた。



      ◇



 三人はレヴィアの神殿に飛ぶ。



「やぁ、レヴィア、久しぶり!」

 シアンはニコニコしながらレヴィアに声をかける。

 ソファに寝っ転がって、ポテトチップスをポリポリと食べていたレヴィアは、驚いて立ち上がった。

「こっ、これはシアン様! お見苦しい所をお見せしまして……」

「オディーヌ殺しちゃダメじゃん! 頼むよ~」

 シアンはニコニコしながら突っ込む。

「いや、面目ない……」

「でさー、レオを副管理人にしようと思うけどどうかな?」

「へっ!? そ、それは私の部下……ということ……ですか?」

「そうそう、レオのパパの後を継いでね」

 シアンは含みのある笑顔でレヴィアを見る。

 レヴィアは目をつぶって、大きく息をついた。

 そして、じっとレオを見つめ……、聞いた。

「レオ……、この星の管理をやる気はあるか?」

「この星を盛り上げる仕事だね、うん、やってみたい!」

 レオは瞳をキラキラさせながら言う。

「分かった……」

 レヴィアはうんうんとうなずくと、

「パパを守ってやれんで済まなかった……」

 そう言ってレオに頭を下げた。

「パパは……、誇りをもって死んでいった。誰も……、恨んでないよ」

 レオは目をつぶり、ゆっくりと答える。

「そうか……、ありがとな。もっと早く謝っておくべきじゃったな……」

「そんな、大丈夫ですよ」

 レオは瞳を潤ませながらニコッと笑った。

「では、これからお主はわしの部下じゃ。国王職は卒業じゃな……」

「よろしくお願いします!」

 レオは元気よく言った。

「レオ、良かったね……」

 オディーヌはちょっとうらやましそうに声をかけた。

「何を言っとる。お主も研修生になるんじゃ」

「え? 研修生?」

「王宮に戻るのと、ここでレオと一緒に世界を管理するのとどっちがいいんじゃ?」

 レヴィアはニヤッと笑って言った。

 オディーヌはチラッとレオを見て、頬を赤らめて、

「ここが……いいです……」

 と、言った。

「やった! これからも一緒だね!」

 そう言ってレオはうれしそうにオディーヌの手を取り、笑った。

 オディーヌはちょっと照れながらうなずく。

「そうと決まれば樽酒だ――――!」

 シアンは上機嫌に両手を上げた。

「うん! 行こう! 行こう!」

 レオもまぶしい笑顔で両手をあげ、ピョンピョン跳ぶ。

「今日はいっぱい飲んじゃうぞ――――!」

「今日もでしょ?」

「ソウデース! 今日もデース!」

 シアンはおどけてそう言って、二人は笑い合った。

 レヴィアとオディーヌはそんな二人を眺めながら優しく微笑む。



 こうしてレヴィアの星はこの日、新たなフェーズに入った。

 後に若い二人の活躍は全宇宙に響き渡る事になるのだが……、それはまたの機会に。






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