恋を知らない亡国の姫君は敵国の(大っ嫌いな)王太子に溺愛される。


「それでご飯食べてプレゼントを貰って帰って来たんですか? ラブラブですね」
「やり直したい……こんな一日、やり直したい」
「ほう」

 ロックのペースに巻き込まれ、ジェイドの言った通りの不甲斐ない現実。セリナは私服に着替えるだけ着替えて、ふて寝したベッドから起き上がることが出来なかった。

 もう日付も変わる時間だ。朝が来れば、目まぐるしい準備が始まる。これでもかと身体を磨かれ、丁寧に着付けられ、化粧をされる。城の中もいつもより人が多いだろう。そして息を吐く間もなく婚約式が始まるのだ。それが終われば披露宴で挨拶回り。ようやく一息つけるのは、きっと夜も遅くになってから。

 ――やっぱり今日やるしかない!

 セリナは重い体を無理やり起こす。そんなセリナを見て、相変わらず執事服を着込んだままのジェイドは変わらぬ笑みを浮かべていた。

「おや、まだお休みにならないのですか?」

 それに、セリナは返事をしなかった。黙って、身一つで部屋を出ようとする。

「武器はいらないので?」
「いらない」

 最後の大勝負だ。小細工はいらない。
 勇者の娘として。カルミアの皇女として。誇るものは、己の魔力。

 ――あんたの墓に、この首飾りをかけてやるわ。

 あの夢は、やっぱり自分が殺した後だったのだ。
 それを現実にするため――セリナは首に下げられた婚約者の首飾りを強く握って、もう一度彼の部屋に向かう。

 この冷たい宝石を、あいつの涙にしてやるのだ。




 そして、彼女は目にした。
 三時間ほど前まで呑気に野菜を食べていた王子が、血塗れで死んでいる姿を。

 ――え?
 ――どうして?
 ――夢じゃなかったの?

 だから、彼女は慌てて振り返る。このままじゃ、自分も誰かに殺されてしまうから。
 人の気配が動く。だけどそれは、遠退いて。開けっ放しだった扉から消えていく背中を、セリナは見ることも出来なかった。

 慌てて追いかけると――目の前には、笑う己の執事。

「おやおや。逃げられてしまいましたね」
「ジェイド、今逃げたやつは⁉」

 問い詰めると、彼は笑顔のまま部屋に入ってくる。王子の死体を見下ろしても、その表情は変わらない。

「人間は面白いですね。同じ一日を過ごしていたとしても、ほんの少しの首の動きで、人生が変わってしまうのですから」
「ジェイド……?」

 気が動転しているセリナには、彼の態度が異質に思えた。

 ――どうして慌てないの? 
 ――どうして動じないの? 

 その男は言った。

「今貴女が振り返ったから、犯人は慌てて逃げました。貴女は無事に生き延びました。良かったですねぇ。貴女は自分の手を汚さずとも、王子はこの通り死にました。これで無念は晴れましたか?」
「は? あんた、何を言って……」

 無念が晴れる? 冗談じゃない。

 いつもヘラヘラ笑って。たくさんからかわれて。危ないことしたら真剣に怒ってくれて。だけど何度危ない目に遭わせても、笑って許してくれる。

 魔法が大好きで。わたしのことも大好きで。市民の生活が良くなるように研究を重ねて。だけど公務も欠かさない。

 そんな王子のことなんて――

「あれ……?」

 セリナの目から、涙が溢れていた。婚約者の死体を見て、止めどなく涙が落ちてくる。

 あんなに殺したかったのに。
 何度も殺そうとした相手だったのに。

 ――なんで?

 自分の手で殺さなかったから? だけどなんだ? 胸の中で収まり切らない感情は、本当に悔しさだけなのか?

 茫然と立ち尽くすセリナの手を、ジェイドは取った。

「やり直したいですか?」
「え?」
「今日という一日を、本当にやり直したいですか?」

 どうして頷いたのか、自分でもわからなかった。
 だけど、確かなのは。

「痛くはしません」

 そう言って嗤う男の目が、赤く輝いていたことだ。

 そして男の手が、長い爪が、セリナの腹を貫いて。

 セリナ=カルミアは二回目の死を遂げた。
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