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「い、いひゃい〰〰っ」

「……」

 ぐーっと伸びる限り伸ばされた頬をようやく放されたときには、じんじんとそこが痛み、おそらく確実に腫れ上がっていることだろう。駿介の背後では、パチクリと目を見開いた旭がこちらを見ていて、いつもだったら目が合うだけで胸が弾むのに、それどころではないほど頬が痛みを訴えている。

「腫れたらどうしてくれるんですかー!?」

「もともと腫れてんだから、大差ねぇだろ」

「ひどい!」

 なんてことを言うのだろう、この男は。今のは、女の子に対して、絶対に言ってはいけない言葉だ。ほら、旭だけでなく、国浦までもが驚いた表情でこちらを見ているじゃないか。
 千真は、じわりと涙が浮かんでくるのが判って、素早く圭樹の後ろに隠れると、悪いとは思ったが、圭樹のスーツに顔を押しつけた。

 せっかく、旭が目の前にいるというのに、あんな情けない顔を晒してしまうなんて。
 一体千真が、なにをしたというのだろう。
 そりゃあ、確かに、メッセージの宛先を間違えてしまったのは認めるが、それでも土曜日は、駿介もそれなりに楽しんでいたように見えたのに。もしかしたら少しくらい、仲良くなれたかもしれないと思っていたのに。

 ぐすぐすと千真が鼻を啜る音が響く中、圭樹は嫌な汗がぶわっと噴き出てくるのが判った。
 開発部所属の圭樹は、直接経理部と関わることはないのだが、その中でも駿介はよく開発部で国浦の仕事を手伝っているため、何度も顔を合わせることがあった。経理部所属ながら、開発の知識も持ち、たまには国浦に意見したりもする姿に、同性とはいえ惚れる。切れ長の目に、色気の混じる低い声は、男の圭樹でも胸がドキドキするほどだ。

 だが今は、違う意味でドキドキしている。未だかつて、こんなにも駿介に見られたことはない。
 その原因が、圭樹の後ろで顔を擦りつけている同期の女の子だというのは明白だった。

 駿介は、圭樹をすり抜けて千真を見るように、ものすごい眼力で圭樹を凝視している。その両隣にいる部長ふたりは、180cm近い駿介に対して、大きな子供を見るようななんとも生温い目をしていて、なおさら居た堪れなくなった。

 この状況で、千真が圭樹を頼ったのは仕方がない。それは理解できるのだが、まさか駿介に睨まれる羽目になるとは思わなかった。
 違うんです、と否定したところで、尊敬する駿介に、だからどうした、と冷たく言われたら、千真じゃなくても泣きたくなる。
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