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 毎日履いているので、だいぶ慣れたとはいえ、やはりヒールで走るものではない。転びやすいので、あまり高いヒールを履いているわけではないのだが、ちょっと走っただけで、すぐに足が痛くなってくる。

(運動不足かな)

 その自覚は、ないこともない。運動らしい運動をしていないので、運動不足になるのは必然だ。日頃の運動不足を責めながら倉庫へ走り込むと、千真は年代別に整理されている棚を目で追って、開設時の書類を探す。

 オーキッドは比較的新しい会社なので、開設時といっても12年ほど前だ。丁寧にファイリングされている書類の中から開設時である12年前のラベルを見つけ、千真は手を伸ばす。

「く……っ」

 手を伸ばしたのはいいが、一番上の棚にあるため、背の低い千真では背伸びをしても届かない。背表紙の下に、わずかに手が届くだけである。

「踏み台、踏み台……」

 あった、と部屋の隅に置かれてあるそれを見つけ、いそいそと運ぶ。よいしょ、と踏み台を目当ての棚の足元に置き、それに乗って身を乗り出し、ファイルに手をかけた瞬間――世界が、揺れた。

 うそ……っ。
 取り出そうとしていたファイルが、千真目がけてバサバサと落ちてくる。痛みよりも恐怖が勝り、声も出せない。

 重力に逆らえず、襲ってくる波を覚悟してきつく目を閉じた千真は、想像していた冷たい痛みとは裏腹な、温かい包容に戸惑いを隠せなかった。
 目を開ければ、確かに視線は落ちていて、目当てのファイルは足元に散らばっているのか、棚は涼しくなっている。

「……っ、この、馬鹿!」

 意味も判らず混乱していると、背後からそう罵られ、慌てて振り向いた。なぜここに、と思うのは二度目になる駿介が、千真を抱きかかえるように尻餅をついている。
 ますますもって意味が判らない、と表情から混乱を隠せずにいると、するりと駿介の手が千真の腹を撫で、思わず、ひっ、と息を吸い込んだ。
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