空色綺譚
「照羽。出張なんだって? 清瀬から訊いたぞ」
仕事を終えた照羽にぴょこぴょこと弾みながら近づく。
「出張じゃない」
「え?」
「転勤だ」
出張とはしてあるが、明日はその為の挨拶だという。
部署の人間は誰もまだ知らない。
「はあ!? なんでそんな大事なこと、清瀬に云わないんだよ!」
「邪魔をしたのは誰だ」
照羽は憤慨するスライムのぷよぷよした躯に、指を突っ込んだ。
「おまえのせいだぞ」
「ぷぬぬ」
珠子が照羽を待ち伏せしていた昨日、正式な辞令が下った。
そして偶然(……ではないのだが)出会った珠子に、異動を伝えるはずだった。
「……転勤なんて。本当ですか」
珠子が立っていた。
「清瀬」
「好きです、照羽課長。わたしは課長が好きです。行かないでとは云いません。でも……」
珠子は真っ直ぐに照羽を見つめている。
突然の告白に驚きながらも、照羽は珠子の正面に立つ。
「……おれは遠距離なんて、するつもりはないよ」
照羽もまた清瀬を見つめているが、不思議なことに口が動いていない。
「あと、おれは妬きもちだから。君が若い男に持っていかれることが辛いな。だから予防線を張ってる……いたぁ!」
照羽が足元のスライムを鷲掴みして持ち上げる。
「勝手なアフレコをするな」
「へへ。そういうの得意だから」
スライムはほこらしげに云ったが、珠子は違った。
「課長……スラちゃん」
どことなくがっかりしたような、しかし安堵したような複雑な表情だった。
「課長の言葉じゃなかったんですね」
照羽はスライムを投げ捨てると、今度は口が動いた。
「おまえが好きだ。清瀬」
照羽が珠子を見つめる。
「癪に障るが、あいつの云ったことは本当だ。あいつを君に預けたのも、清瀬。君に会いたかったからだ」
スライムの思っていた勘は当たっていたことが証明された。
やったと喜びピョンピョンと二人の周囲を跳び跳ねるスライムを横目に、照羽は続ける。
「でもな、おれと一緒になると……ひょっとしたら今の職場には、いずらくなるかもしれん」
「?」
珠子とスライムは顔を見合せた。