空色綺譚


照羽は転勤先で外資系コンサル会社の社長になった。

というより社長に戻った、ということらしい。

妻を亡くし落ち込んだ照羽を課長として雇ったのは現社長の計らいであり、傷心している照羽の社会復帰への手助けだったそうだ。

療養中の照羽の復帰を社内でも待ち望んでいた。

おかげで傷も癒え、元の会社に戻る決意をしたという。

その五十階建て高層ビルの社長室に、二人と一匹の姿はあった。

スライムはぷるぷると体を揺らす。

「どうりで、いい所に住んでると思ったぜ」
「引っ越すのも面倒だったからな。待ってていてくれた会社に感謝だ。そして」

最初は驚いていた珠子だったが正式に照羽と婚約し、支えている。

「黙っていて悪かった。おれと一緒にいてくれ、清瀬」
「はい、喜んで。……照羽課長は社長さんでも、何も変わりませんから」
「おまえら、いつまで名字呼びなんだよ。籍もいれたクセに」

全員で顔を見合せて笑った。

「スラちゃんのおかげだよ。本当にありがとう」
「おれは何もしてないよ。……でもなあ、おれがどうして、この世界に転生したのか理由が……」

その時。
スライムの体が虹色の光を発する。

「スラちゃん!?」
「おい……!」

二人が驚きの声を同時に発し、スライムの体が少しすつ消え始めた。

「さよならみたいだな」

スライムはこの感覚を知っている。
今まで何十回も、何百回も繰り返してきた。

「照羽、清瀬。おれはまた異世界に転生するみたいだ。おまえらと会えて、楽しかったぞ」
「どうしてそんなことを云うの!! スラちゃん、これからも一緒に……!」

珠子は泣きながらスライムを抱きしめようとするが、体は透明になり触ることができない。

スライムは消えかかりながらも、今回は何かが違うことに気づいた。

もしかしたら……。

スライムは表情はわからないはずなのにおだやかで、微笑を浮かべているように見える。

「……ありがとう、清瀬、照羽………おまえらの、おかげ、で……おれは……」
「スラちゃん……!」
「また会おうな」

スライムは二つの光の珠となり、照羽と清瀬の躰に入り込む。

そのままスライムは消えた。
何もなかったかのように、時間は動いている。

男女だけが残された。

「……また会えるよね、スラちゃん」
「ああ。おれもそんな気がしている」

照羽は涙を流す珠子の肩を抱き寄せる。

スライムの長い転生の旅。

彼なのか
彼女なのかは
わからない。

スライムであったものが、金と虹色に輝く光の道を高速で辿っている。

(わかる。おれはもう、スライムじゃなくなる。おまえたち二人の……)




数年後。




青空の下、珠子がおくるみにつつんだ赤ん坊を抱いていた。

「この子のほっぺを触っていると、スラちゃんを思いだすわ」

隣で寄り添う照羽は微笑する。

「そうだな。あいつに似ている気がする」

表情はなかったスライムだが、赤ん坊は実に感情豊かである。
照羽と珠子が想う大切な物に、今度こそスライムは生まれ変わったのだ。


スライムの長い長い異世界転生の旅は、ここで終了する。




2022.9.5 『空色綺譚』 終わり
(2022.10.5 修正加筆)
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