爪先からムスク、指先からフィトンチッド
薫樹は芳香の頭を自分の胸元に引き寄せる。甘酸っぱい柑橘系の香りと森林の香りが交じり、芳香をたちまち眠りに誘う。
「ふわぁ、ちょ、とだけ。すみません……おうどん、美味しかったあ……」
「フフ」
安心して眠る芳香を見つめ、窓の外の流れる景色を眺め薫樹は早く二人きりになりたいと思っていた。


9 報告
新婚生活の落ち着いた真菜に芳香はお互いの家族に会ったことを話す。
真菜はほっとした様子で芳香の話を聞いているが、時々、顔が歪み苦しそうな表情をする。
「ねえ、真菜ちゃん、今日、具合が悪いの? もう帰ろうか」
心配する芳香に、真菜は手を左右にひらひら振り平気だと合図をしながら口を押さえる。
「あのね。妊娠したの。うっっぷ」
「えっ! そうなんだ! おめでとう!」
「ハネムーンベイビーってやつね。たまに吐き気がくるけど、わたしは楽な方みたい。ごはんも食べられるしね」
「そっかあ。でも、無理しないでね。早く帰ろうね」
「ありがと。まあ家に帰っても治るわけじゃないからねー」
そういわれると真菜はいつの間にかまつ毛のエクステもしておらず、爪も短くなっていた。化粧は元々薄いナチュラルメイクだが、アイメイクが大人しくなっていて、いつもアイスティーを頼むのにオレンジジュースを飲んでいる。
「真菜ちゃんがママになるのかあ」
「ふふふ。まさかこんなに早くそうなるなんてねえ」
もう少し新婚生活を味わいたかった真菜にとってちょっと誤算だったようだ。
「仕事どうする?」
「うーん。うちの会社って女性に優しい職場だから、育休とっても復帰しやすいんだけどさあ。なんか子供できちゃうと化粧品ってそもそも興味なかったなーって思い始めちゃって――辞めるよ」
「そうなんだあー」
「3年くらいなら生活レベル下げれば専業主婦でやってけると思うしね」
「生活レベルかあ」
「うん。化粧品とかネイルとかやめて服買わなきゃなんとかなるでしょ」
相変わらず潔い真菜を前にすると自分はまだまだ流されている気がする。
「ところでさ、芳香ちゃんも兵部さんについて行くの?」
「ん? ついて行くって?」
「えっ、聞いてないの? うーん……まずったかな……」
「なに? 教えて」
「結婚、するんだよね?」
「うん。たぶん。お互いの両親に会ったからそうだよねえ?」
「だよね」
「ついて行くって?」
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