爪先からムスク、指先からフィトンチッド
白衣を羽織り長身の男は研究開発チームの兵部薫樹だ。彼は調香師としてこの会社で一番活躍している有名人で、ありとあらゆる名香を再現し、そのままの香りを身に纏うことが出来る。そのため皆から『匂宮』と呼ばれている。匂いを消すことばかりに注目してきた芳香にとって彼は真逆の位置にあり手の届かない憧れの人物だ。彼からふわっと前回発売された柑橘系のフレグランスの香りが漂う。(すごいなあ。普通体臭とかと混じって匂いが変わるのに、この人ってそのまんまなんだなあ)
香りにうっとりしていると「これ、君の?」と手拭いを差し出された。
「あ、はい、そうです。ありがとうございます。よかったあ」
受け取って芳香は頭を深く下げた。
「初めて見る顔だけど部署と名前は?」
「業務部の柏木芳香です。この春から中途採用されて入社しました」
「ちょっと聞きたいんだけど、君はここで昼を過ごしてるのか?」
スクエアの眼鏡の奥で鋭そうな眼差しが芳香に一瞥をくれる。
「え、あ、はい。そうです」
「どうしてこんなところで?何か理由があるのか?」
尋問されているような雰囲気に芳香は不安を覚え、口の中が渇き始める、それと同時に手に汗をかき、足先にもぬめりを覚え、足を洗うことを思い出す。
「あ、あの、一人が好きなので。すみません。誰にも迷惑にならないと思って」
薫樹はずっと芳香を観察する様子で見つめ続ける。
「単刀直入に聞こう。その香りをどこで手に入れた」
「え?香り?」
ぼんやりしていると薫樹が手拭いを指さす。
「え?手拭い?ですか」
うむと頷く薫樹に芳香は困り果てどうしたらよいのかわからず混乱してしまう。もたついている様子に薫樹はいらついたようで「どこの会社のスパイだ」ときつく言葉を放つ。
「ええっ!?ス、スパイ?」
「その香りは天然麝香に近い香料だ。一般人が持てる香料じゃない」
「あ、て、天然、麝香……」
芳香はやっと産業スパイだと疑われていることが分かった。この業界には多い話なので耳にすることはあるが、まさか自分がその対象にされるとは夢にも思わなかった。誤解をされたままだとこの会社に居られなくなるかもしれない。せっかく最後の職場と思い安心していたところだったので失いたくない一心で芳香は意を決し告白する。
「この、この手拭いの匂いは、私の足の匂いです……」
「んん? 足?」
香りにうっとりしていると「これ、君の?」と手拭いを差し出された。
「あ、はい、そうです。ありがとうございます。よかったあ」
受け取って芳香は頭を深く下げた。
「初めて見る顔だけど部署と名前は?」
「業務部の柏木芳香です。この春から中途採用されて入社しました」
「ちょっと聞きたいんだけど、君はここで昼を過ごしてるのか?」
スクエアの眼鏡の奥で鋭そうな眼差しが芳香に一瞥をくれる。
「え、あ、はい。そうです」
「どうしてこんなところで?何か理由があるのか?」
尋問されているような雰囲気に芳香は不安を覚え、口の中が渇き始める、それと同時に手に汗をかき、足先にもぬめりを覚え、足を洗うことを思い出す。
「あ、あの、一人が好きなので。すみません。誰にも迷惑にならないと思って」
薫樹はずっと芳香を観察する様子で見つめ続ける。
「単刀直入に聞こう。その香りをどこで手に入れた」
「え?香り?」
ぼんやりしていると薫樹が手拭いを指さす。
「え?手拭い?ですか」
うむと頷く薫樹に芳香は困り果てどうしたらよいのかわからず混乱してしまう。もたついている様子に薫樹はいらついたようで「どこの会社のスパイだ」ときつく言葉を放つ。
「ええっ!?ス、スパイ?」
「その香りは天然麝香に近い香料だ。一般人が持てる香料じゃない」
「あ、て、天然、麝香……」
芳香はやっと産業スパイだと疑われていることが分かった。この業界には多い話なので耳にすることはあるが、まさか自分がその対象にされるとは夢にも思わなかった。誤解をされたままだとこの会社に居られなくなるかもしれない。せっかく最後の職場と思い安心していたところだったので失いたくない一心で芳香は意を決し告白する。
「この、この手拭いの匂いは、私の足の匂いです……」
「んん? 足?」