爪先からムスク、指先からフィトンチッド
「わっ、美味しい。さっぱりしてる」
「初めてだった? ミントとラムのカクテルなんだ。本来はミントじゃなくてキューバのハーブを使うんだけど、日本じゃミントを使っててさ。俺はもちろんミントが好きだから本場よりこっちがいいかな」
「へえ。揚げ物ともあいますねえ」
「うん。この店はとくに甘さも控えめだからね」
気さくな涼介は芳香になんら緊張を与えず、楽しく朗らかだ。芳香には今まで恋人はおろか友人もやっとまともに出来たので、異性の友人はもちろん居ない。男の友達とはこういう感じなのかなと思い始めていた。
「ねえねえ。兵部さんとの馴れ初めは?」
唐突な質問に芳香は手が停まる。
「え、な、馴れ初めですか……」
「うん。今を時めく匂宮さまを射止めるなんてなかなか出来ないでしょ。彼っていつもうわさが絶えないし。ちょっと前までは今売れっ子モデルの野島美月ちゃんと付き合ってたとか」
「……」
野島美月とは仕事上の関係しかなかったのにいつの間にか薫樹の恋の遍歴に加えられている。
「なんか芳香ちゃんみたいなタイプが兵部さんの恋人ってちょっと不思議だよなって」
「で、ですよね」
自分でもわかっていることなので指摘されてもおかしくないだろうと芳香は腹も立たない。
「しかも兵部さん君にべた惚れっぽいしね」
「え? ど、どこが」
「ん? 昼とかランチ行こうって俺が誘うとさ、君の料理の話を始めたり、会社にいる可愛い子を褒めても、全く興味がないみたいだし」
「そ、そうですか」
「まあ、芳香ちゃんは確かにぱっと人目を惹くタイプじゃないけど、兵部さんが選ぶだけあって奥が深いんだろうねえ」
「そんなことはないと思います……」
他所で自分の話をされているとは全く思っていなかった芳香は嬉しくもあり恥ずかしくもあるが、聞いた人は首をかしげるのだろうなと苦笑した。

涼介は軽快で王子と呼ばれる割に気取ることもなく芳香は楽しく過ごせた。
帰りもアパートまで送ってくれるという。
「まだ早い時間ですから、ここで全然大丈夫です」
「うーん、兵部さんにちゃんと送り届けるっていってあるしなあ」
「いえ、ほんとに」
頭を下げて芳香は帰ろうとすると涼介が「まって」と引き留める。
振り返る芳香に「芳香ちゃん、足、痛くない?」と爪先を指さす。
「えっ」
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