爪先からムスク、指先からフィトンチッド
芳香の実家は人口が10万人に満たない、いわゆる小都市で、隣町の産業により経済が成り立っているようだ。
「ね、田舎でしょう?」
「そうでもないよ。ちゃんと店もあるし、生活には困らないだろう」
子供の頃と違って量販店も増え、高校生などは都会と変わらないファッションにはなっている。
「町も田舎も変わらないのかもしれませんね」
「うん。インターネットもあるし、かえってこれぐらいの方がごみごみしてなくていいかもしれないよ」
確かに人の歩くスピードや、車の速度がゆるやかかもしれない。

同じような建物が並ぶ集合住宅の一つの前に芳香はとまり、「ここです」と指を差した。
薫樹はネクタイを締め直しているが緊張感はなさそうだ。寧ろ芳香の方が自分の家族だと言うのに緊張し始める。
実家なのにチャイムを押す。
「ただいま。私よ。芳香」
がちゃりとドアノブが回ると勢いよくドアが開き「おっかえりー」と元気よく若い女性が飛び出してきた。
「わっ、桃香、ただいま。こちら兵部薫樹さん」
「よろしく。兵部です」
芳香の妹の桃香は薫樹を目の前にして一瞬固まり、ほわっと呆けたかと思うと「お母さーん!おねーちゃんがめっちゃイケメン連れてきたー!」とドタバタと家の中に駆け込んでいった。
「や、やだ、もうっ!す、すみません、どうぞ、入ってください」
「フフ。元気な妹さんだね」
恥ずかしくて芳香は赤面しながら薫樹を玄関に入れドアを閉めた。
そこへ芳香の母親がパタパタとスリッパを鳴らしてやってくる。
「よ、ようこそ、芳香の母です。おあがりください」
「兵部薫樹です」
母親の美津子は薫樹を出迎えるべく、新調したワンピースの花柄よりも、芳しい花が降ってきたようなうっとりした表情で薫樹をリビングに促す。
「ただいま……」
「あ、おかえり、芳香」
薫樹の陰にすっかり芳香は隠れてしまったようだ。ハッと自分の娘に美津子は気づいて丸い頬に手を添え照れ笑いをする。
「お父さんは、もう30分くらいしたら帰るから、ちょっとお茶でも飲んで待っていてね」
「うん」

リビングはソファーとテレビとこまごましたものが置かれ生活感がありありと見える。
< 92 / 106 >

この作品をシェア

pagetop