爪先からムスク、指先からフィトンチッド
薫樹をどう思われるかなどは全く心配していない。母と妹の様子は想像がついていたし、父にしてみてもこれ以上の相手などどこをどう探してもいないと思うに違いなかった。
とりあえず、障害になるような家族の反対はないだろうと芳香は安堵している。

美津子が芳香を手招きしそっと耳打ちする。
「お座敷予約したけど平気なの? 電話では大丈夫だって言ってたけど」
芳香のスリッパを履いた爪先を見て、美津子は心配そうに言う。
「うん。そのことも話そうと思ってたんだ。あのね、薫樹さんが治してくれたの」
「えっ!? 治った? 匂い消えたの?」
「んー、消えたんじゃないけど改善したの。もう悪臭にはならないの」
「へええー」
目を丸くして美津子は敬一と桃香に報告すると二人とも同じく目を丸くする。
「ほおー。それはすごいな。わたしはてっきり内緒にしてるものだと……」
「調香師ってそんなにすごいのー? 医者でもダメだったのに」
「よかったわ。よかったわ」
美津子は涙ぐんでいる。
薫樹は芳香の家族もこれまで彼女の悪臭に胸を痛めていたことを知った。
「ありがとうございます。芳香の足の匂いを治していただいたばっかりか、結婚までしてもらえるなんて」
ばっちりしていたメイクが崩れ、直すのに時間がかかりそうだが美津子はお構いなしでよかったよかったと涙ぐみながら鼻をかんでいる。
「お母さん……」
母親が自分の足の匂いが改善されたことをそんなに喜ぶとは芳香は夢にも思っていなかった。もっとドライだと思っていた母親の愛情を感じて胸が熱くなる。
「芳香さんは、素敵な女性です。結婚を許してもらえますか?」
薫樹が静かに告げると、「もちろんです! 芳香には本当にもったいないぐらいです。どうか、よろしくお願いいたします」と敬一は最敬礼で頭を下げた。
普段、軽薄な桃香まで「よかったね、おねーちゃん!」とガッツポーズを決めている。
「みんな、ありがとう」
芳香も今更ながらに、苦労してきた自分の人生を振り返る。そしてこれから新しい人生を薫樹と作り上げていくのだと実感した。

6 兵部家の一族
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