双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
 ――『私、あの後すぐ、地元の知り合いと結婚したんです』
 そうだとすれば、彼女のあの言葉は正しいのかもしれないな。
 冷静になれと自分に言い聞かせる反面、やっぱり衝撃は大きく心は落ち込む。ただ気持ちが沈むだけで、彼女に対しての想いが冷めるとかそういったことはなかった。
 むしろ、正義感と行動力のある彼女は同じだけの責任感も持っている女性だと知っているから、ひとりで大丈夫だろうかと心配になる。
 僕は彼女の子どもの出生がどんなものであっても、すべてを受け入れられる。
 ただこちらがよくても、彼女と子どもたちの気持ちが大事なのだけれど。
「はい、じゃあ先生に『さようなら』して」
 その声に我に返り、顔を上げる。
 春奈の声だと確信する僕は、彼女が保育園の敷地を出てくるタイミングを窺った。その間に「ばいばい」と可愛らしい挨拶が聞こえてくる。あれはおそらく、春奈の子どもの声だ。
 仕事でもここまで緊張したことはないかもしれない。春奈の気配が近づいてくるにつれ、動悸が速くなる。
 彼女が角を曲がってきたところで、彼女の前に姿を現す。その直後、驚いた顔を見せたのは春奈だけではなく、僕自身もそうだった。
 春奈の声と近づいてくる気配だけを感じ取っていた僕は、彼女の隣に誰かがいるとは思っていなかった。
 春奈の横には、彼女の子どもと同じくらいの男の子を抱っこしている男性がいたのだ。
 視線を交錯したまま固まって動けずにいる僕と春奈の時間を動かしたのは、その男性だった。
「ハル? 知り合い?」
「う、うん。東京にいた頃にちょっとお世話になったことがあるの」
 春奈はその男に聞かれて、気まずそうに濁して答えた。
 内心すごく動揺して、嫉妬もしている。しかし、ここでそういう感情を出してはいけない。相手に弱みを見せることは不利になる。
 そうして僕はいつものように、口角を上げて穏やかな口調を心がけ、名刺を差し出した。
「急にすみませんでした。わたくし、『NARASAKI不動産SCマネジメント』代表取締役社長をしております、楢崎雄吾と申します」
 春奈の隣にいる男は名刺を受け取ると、ジッと見てつぶやいた。
「NARASAKI不動産の社長で、〝楢崎〟って......へえ。ハル、随分立派な方と知り合いなんだ」
 彼が半笑いで言った後、春奈は明らかに困り顔をしていた。
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