双子ママですが、別れたはずの御曹司に深愛で娶られました
「あ、ちょうど財布に名刺入れてたはず。すみません、少し待っててください」
 そう言って、その男もこちらに名刺を渡してきた。
 僕は彼の名刺に目を落とし、心の中で左上の文字から読み上げていく。
【いづみフィナンシャルグループ いづみ銀行 横浜支店】......メガバンクの一行だ。それも、いづみの横浜支店は出世組が配属される部署のひとつだ。
 彼の肩書きに驚いたが、中央の氏名部分でさらに度肝を抜かされた。
「古関海斗です」
 心の声と彼の声がリンクする。
「......古関」
〝古関〟だって? それはつまり、古関家に入ったということか。
 疑念を抱いていると、追い打ちをかけるように春奈が言った。
「夫なんです。この人、次男だったのもあって、婿養子に承諾してくれて。じゃあ、私たちこれから買い物があるので。ね、海斗」
「ああ。じゃ、俺たちはこれで失礼します」
 立ちほうけている間に、春奈たち家族は行ってしまった。
 僕は彼女を振り返ることもできないほど衝撃を受けていた。今しがたもらった名刺を持つ手に、グッと力を込める。
 彼の選んだ道は現実問題、僕には難しいことだ。どうしても、楢崎の名前が邪魔をして婿養子に入るのは困難だから。
 もしも、それが条件だというのならさすがに厳しい。
 再起不能なまで打ちのめされて、僕はそのままふらふらと車に戻った。シートに腰を沈め、しばらく動かずに項垂れる。
 その後、しんと静まり返った車内で春奈の隣に当然のように立っていた彼を思い出しては、歯がゆい気持ちになっていた。
「......ちくしょう。なんで僕は」
 爪が手のひらに食い込むくらいきつく手を握り、ハンドルに一度打ちつける。
 状況は完全に詰んだ状態だ。頭ではわかっているし、何度も心の中で繰り返した。
 彼女が幸せなら喜んで身を引く――そういう心持ちだったはずだろ。これじゃ、なにも変わらない。
 もうここに用はなくなったはずなのに、一向に東京へ戻ることをせず横浜市街をふらふらとしていた。
 気づけば夜になり、すっかり寒くなる。しかし、空腹も寒さもなにもかも気にもならず、もう何時間も海をぼんやり眺めていた。
 ふいにポケットの中でスマートフォンが振動する。おもむろに出して確認すると、秘書からのメッセージだった。
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