秘め事は社長室で
やっぱり、簡単でもお昼作ってきた方がいいかなあ。
とっぷりと夜が深くなった室内で、そんなことを考えながら帰り支度を進める。
今日は少し遅くなってしまった。
早く帰ろう。そう思い秘書室を出るものの、エントランスに近付くにつれ、歩く速度は落ちていく。
「……」
社内と外を隔てる境界線を跨ぐのが、本当に気が重い。
こんなに会社から出たくないと思ってるの、今この瞬間、この国で私一人だけなんじゃなかろうか。
外へと続くドアの前で一度立ち止まり、わけもなく鞄を胸の前で抱え込んで、深呼吸する。
えいやっ! と駆け出そうとしたところで、前に進まずつんのめった。
「ぎゃっ!?」
くん、と後ろに引かれる感覚。
「不審者丸出し」
次いで耳元で声がして、首を捻ると端整な顔が飛び込んできた。
「しゃ、社長!?」
どうやら私を引っ張ったのも社長らしい。私の服を離すと、社長は隣に並んだ。
「送る」
「え!? いやいや、大丈夫です!」
「なにが大丈夫なんだ。そんな挙動不審な動きで。俺の会社から不審者を出すわけに行かないんでね」
「ぐ……」
そ、そんな通報されるほど不審な動きはしてない。……はず。
「あの、でも本当に……大丈夫ですから」
街中はまだ店の明かりで埋め尽くされている時間だ。
一人で帰すのが憚られる時間でも、歳でもない。
一時期は慣れない業務量にあくせくする私を見兼ねて、しょっちゅう家まで送ってもらったりもしていたけど、最近は落ち着いていたからそれもご無沙汰だ。
それに、これもまた仕事とは関係の無い葛藤であるからして、社長の言葉に甘えるのはさすがに心苦しかった。
「あのあれです、最近体力つけようと思って、トレーニングしてるんです!」
「……」
「その一環で、駅までダッシュをですね」
「迷惑極まりないな」