秘め事は社長室で


全くその通りである。
我ながらあまりにも下手な言い訳だった。ぐうと唸る私を、社長は呆れ顔で見下ろしている。


「なら駅まで乗ってけ」
「え、いやでも」
「……」


睨まれた。それはもう眼光鋭く。
俺の誘いを断るのか? なんて副音声まで聞こえてくるようで、私はその無言の圧に、逆らうことが出来なかった。


「すみません。ありがとうございました」


駅までは、歩きでもそう時間のかかる距離では無い。
車なら数分で着いてしまう距離で、ロータリーに寄せられた車から降りようとしたところで腕を掴まれた。


「あの……?」
「やっぱり、何かあったんだろ。隠すなよ」


む、と引き結ばれた唇。
真実を突き止めようとする瞳に見つめられると、まるで自分が罪人になったようだった。


「いやいや、そんなことは」
「何も無いなら俺の目を見ろ」


ほら、と促され、社長が身を乗り出すようにして私を覗き込む。
私も負けじと見つめ返すけど──後ろめたい気持ちが溢れて、うっかり目を逸らしてしまった。


「な、なにもないですってば」
「……よくそんな下手な嘘がつけるな。おい、顔上げろ」
「なに……いだっ!?」


言われるがまま顔を上げた瞬間、額に強い衝撃を受ける。
涙で滲む視界に、バネの形を模した社長の指が映り、どうやらデコピンをされたらしいことに気付いた。


「暴力……!」
「うるさい。早く降りろ」


そっちが引き止めたくせに、しっしっ、と追い払うように社長が手を払う。
なんなのよ、と不貞腐れながらも降りれば、社長の澄んだ瞳が私を静かに映し出していて。


「気をつけて帰れよ」


車のドアが閉まる刹那、見送るように聞こえてきた声が思っていたより心配そうで、なんだか少し、申し訳ない気持ちになってしまった。

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