秘め事は社長室で


さすがに不味いと思ったのか、今度はすんなりと離れてくれた。


「天音さん、誰か呼びましょうか? それこそ、しゃちょ……むぐっ」


隣で健を睨みながら、私を窺い見てくれたその子の口を咄嗟に塞ぐ。


「大丈夫です! もうお帰り頂きますから。受付に戻ってもらって平気ですよ。来てくれてありがとうございました。あ、一緒に戻りましょうか!」


ははは、と空笑いしながら、彼女の背を押して部屋から離れた。

心配そうな顔をしたまま受付に戻ったその子を安心させるようにひとつ頷き、私はまた応接室に戻る。今度は部屋の中に入らず、扉を開けたまま、項垂れた様子の健を見据えた。


「とりあえず、今日はもう帰って。あと、職場に来るのは二度とやめて」
「……」


健は、何も言わなかった。
けれどそこで駄々をこねるということでもなく、ひとまずその場は終結したのだった。




「社長、今日はお先に失礼しますね」


その日の夕方、定時ピッタリで社長室に顔を出した私は、まだまだ帰る気がなさそうな、書類に埋もれた社長に挨拶をする。
社長は少し意外そうな顔で私を見上げた。


「一人で帰れるのか」
「なっ……! 帰れますよそりゃ!」


ここ最近は毎日のように帰りは駅まで送って貰っていたから、そのことに対する意趣返しだろう。
でも、お世話になっていたことは確かなのでそれ以上は言い返さない。申し訳ないとは思いながらも、車で送って貰えると向こうも私の行動予測がつけづらいのか、視線を撒けることが多かったから、何だかんだで甘えていたのだ。

< 44 / 65 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop