秘め事は社長室で


「不審な行動は慎めよ」
「分かってますよ……というかしてませんから!」


じゃ、お先です。明るく、爽やかに。軽やかな足取りで社長室を後にする私を、社長が思案気な顔で見つめていた。

気分はわりと良かった。
だって、得体の知れない視線は対処方法が分からないから気味が悪いし怖いけど、それが知人となれば話は別だ。
溜まっていた疲労感が消え去ったかのように頭も冴えていて、私は真っ直ぐ帰路に着きながら、自宅の最寄りから少し歩いたところで足を止めた。


「健、居るんでしょ」


疎らに歩いていた通行人が途切れたところで、やや声を張り上げる。一瞬の間を置いて、物陰から健が顔を出した。


「桃……」
「会社には来るなって言ったけど、ストーカーを認めたわけじゃないよ。ずっとこうされてても困るから、話をつけよう」


伏した視線はアスファルトを見つめるばかりで、一向に目は合わない。下唇を噛んだまま黙る健に、一歩近づいた。


「といっても、私から言いたいことは一つだけ。もうこういうのはやめて。私は健と話すこともないし、ヨリを戻すこともない」


キツい言い方かもしれないけど、こういったことはハッキリ言った方がいい。塵の欠片ほども脈がないと分からせないと、諦めてくれない可能性があるから。

健は、私の言葉にナイフで刺されたような顔をして、眉を下げた。変わらず虚ろな瞳は、動揺にゆれている。


「す、少しは俺の話も聞いて欲しい」
「……」
「俺は、桃とまた会いたい。話したい。俺がダメだったところ、全部治すから。お願い……」


苦しみながら言葉を押し出すように、懇願する健が私に手を伸ばす。

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