秘め事は社長室で
サラッとスルーされた。まあ、社長は上背もあるし、細いけど筋肉もあるし、そう簡単にはやられなさそうな気もするけど。
「私の分もあるので!」
自信満々にポケットからスタンガンもどきを取り出せば、社長は相変わらず微妙な顔をしていた。
しかしそんな私の心配をよそに、なんとそれから健の不可解な行動は、ピタリと止まった。
気が付けば何も起こらないまま半月が経とうとしていて、途端に気持ちが軽くなる。
なあんだ、心配しすぎだったな。
最後に会った日の、別れ際の健の様子に警戒していたけど、さすがに健も我に返ったのだろう。警察なんか呼ばれたらたまったもんじゃないだろうし。
「……急にご機嫌だな」
「え?」
不意に下から声がして瞬く。見ると、書類から目を上げた社長が、デスクの前に立つ私を見つめていた。
「あ、すみません」
社長に資料を確認してもらっている間の待ち時間に、つい仕事とは関係の無いところに意識を飛ばしてしまっていた。
続きを促すような黒曜石の双眸に観念して、私は苦笑しながら口を開いた。
「あの、ちょっとしたプライベートの悩みが解消されたといいますか……」
「それは、あんたのここ最近の体調不良と関係が?」
既に逸らされた視線は、また紙面上を滑り始めている。
「あー、まあ……その節はご迷惑をお掛けしまして……」
犯人が健だと分かってからは幾らか気も楽で、前みたいにお昼も動けないとか、一人で怯えながら帰るとか、そういうことは無くなった。
相変わらず時間が合えば駅まで送って貰うこともあるけれど、それもこれからは必要なくなりそうだ。
(いつまでも甘えるわけにいかないしね)