密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
裁判となれば、その証拠をもとに裁判官が不貞行為を認める裁量の幅を持つが、果たして百瀬の妻が持っているのは社会通念上、不倫と判断できる証拠なのだろうか。

春香によれば、百瀬とメールでのやり取りはあったが、それは仕事上必要な内容で特に不倫を疑われるようなものではないという。
その程度ではもちろん不倫とはみなされないだろう。

不倫など事実無根のでっち上げなのに、一体どんな証拠だというのか。

「……こんにちは」

ラウンジのスタッフに案内された女性が目の前に現れ、隣合って座っていた俺と春香は同時に立ち上がった。

「こんにちは、本日はご足労いただきありがとうございます。S・K法律事務所の君塚です」

一礼し、名刺入れから取り出した一枚を手渡すと、ムスッとした表情の百瀬の妻は興味なさげに目を落とし、すぐにバッグの中にぞんざいにしまった。

「ご主人からお聞きかと思いますが、春香の夫です。よろしくお願いします」

俺が自己紹介すると、春香は隣で気まずそうにぺこりと頭を下げ、百瀬の妻の後に椅子に腰を下ろした。

一刻も早く彼女の前から春香を連れ出したい俺は、手短に済まそうとスマホを操作してテーブルの上に置く。

「早速ですが、先日ご主人が妻の職場に偶然いらした際、万が一に備え録音した音声を聞いていただけますか」

表情を変えない百瀬の妻に対し、「録音?」春香が驚いた声でつぶやく。

『石橋には関係のない話なのに、巻き込んで悪かった。俺たち不倫なんてしてないのに、仕事を辞めることにまでなって、本当に申し訳ない』

音声が流れると、隣でハッとした様子の春香が視界の隅に映った。
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