密かに出産するはずが、迎えにきた御曹司に情熱愛で囲い落とされました
当惑し、張り詰めた声で春香が続ける。

「私、座敷席の一番奥に座ってたんです。向かい側が玲子さんで、端の席なので後ろを通る人もいなかったと思います。あの日は途中で席替えもしていないですし……」

言い終えた春香の瞳は揺れていた。

慕っていた職場の先輩に裏切られていたかもしれないという信じがたい展開に、頭を混乱させているようだ。

「奥様は葉山玲子さんと親しいそうですね」

事前に春香から聞いていたことを尋ねると、百瀬の妻は逡巡してから小さくうなずく。

「あの、私、思い出したんですけど」

今度はタクシーの写真を見ながら春香が言った。

「百瀬店長と乗ったタクシーを降りた後、青空商店街で駒津屋さんに会いました。覚えていてくれてると思います。あの夜はちょうど夏祭りの日で、話してるときに花火が上がったので」

遠い記憶を手繰り寄せようとしていた不安そうな表情は、やがて確信に変わると同時に力強い眼差しになる。

「私、百瀬店長より先にタクシーを降りたんです。一緒にホテルになんて行ってません。居酒屋でも相当酔われていたので介抱しただけなんです。お願いします、信じてください!」

きっぱりと言い切ると、春香は清廉で真っ直ぐな目を百瀬の妻に送る。
これまでの憂鬱そうな暗さとは対照的な、自信に満ちた面立ちだった。

「けどあの日、主人は朝帰りを……!」
「私には、タクシーを降りた後の百瀬店長の行動まではわかりません」
「そ、そんなっ」

春香が首を横に振ると、勢いよくテーブルから身を乗り出した百瀬の妻が声を詰まらせた。

「そもそもあなたはどうして春香がカフェで働いていると知ったのですか?」

相手を落ち着かせるためにも低い声で聞くと、百瀬の妻は途端に威勢を失い、椅子に深く腰かける。

「玲子から、聞きました……」

まるで空気が抜けた風船のように、先程までの勢いが消えていく。
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