*触れられた頬* ―冬―
「クト?(どなた?)」

 女性の声だ。心臓が早鐘のように打ち、知らず凪徒のコートの後ろを(つか)んでいた。

「ああ……ズドラーストヴィチェ(こんにちは)。イズヴィニーチェ(失礼ですが)──」

 が、意外にも凪徒の答えもロシア語だった。

 モモは不思議に思い、首を傾けて見上げてみると、少し背の高いロシア女性が微笑んで応対していた。

 分からない言葉のやり取りが数回続き、女性が招き入れるように扉を大きく開いた。

 凪徒はコートを脱いで奥へ消えた女性に続いたが、呆然と通路につっ立ったままのモモに気付き振り返った。

「何やってんだ、行くぞ」

「え……でも」

 現れたのは母親と同じ四十前後に見える女性だったが、残念ながらロシア人だ。

「お前の母さん、奥にいるって。以前は『山科 椿』で間違いなかったそうだ!」

「あっ──」

 凪徒の嬉しそうな目配せに、モモは袖がつっかえるほど動転した。

 おたおたとコートを脱ぎながら、温かな室内へ進む凪徒に走り寄った──。


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