*触れられた頬* ―冬―
 そのタイミングを見計らったように、案内してくれた女性が三人にお茶を差し出した。

「スパスィーバ(ありがとう)、カミエーリア」

「え?」

 女性にお礼を言った椿の言葉に、凪徒は驚きの声を上げた。

「凪徒さん、ロシア語にお詳しいのですね。そう……彼女の名前も『椿』なんです」

「え?」

 今度はモモが驚きの声を上げる。

「てっきり郵便受けの名前は、ロシア語での「椿」を意味する「カミエーリア」と、発音がそのままのロシア語表記で「ツバキ」なんだと思っていました。でもお二人共「オルロフ」って……」

 凪徒が見つけた表札には「ツバキ・オルロフ」と「カミエーリア・オルロフ」の二行があったのだ。

 凪徒はそれをそう解釈し、このロシア人女性を単なるお手伝いか何かなのだと勘違いしていた。

「彼女もまたオルロフ家の人間なんです。私の従弟(いとこ)に嫁いだ方でした。残念ながら彼が若くして(やまい)で亡くなり、オルロフの家風が苦手だった彼女は、気の合った私の介助を買って出てくれまして、此処で一緒に暮らすようになったのです……私も、幼少の頃に日本に移住したものですから、こちらへ戻ってもあの家には余り馴染(なじ)めませんでしたし」

 と、椿は微かに苦笑しながら二人の経緯(いきさつ)を話した。

 そして話題に上がった「オルロフ」。その家とは──。

「あの、家風って……「オルロフ家」とは、やっぱりあの「オルロフ」なんですか?」

 凪徒は緊張の面持ちと絞り出すような声で問うた。

 モモはその様子を不思議に思いながら、声も出せずに椿の答えを待った。


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