*触れられた頬* ―冬―
 (ほとん)どの喧騒(けんそう)が流れ去っていった頃、それに続こうとモモもようやく立ち上がったが、隣の凪徒は腰を上げる気配もなく、

「モモ、トイレか?」

 自分の膝に頬杖を突き、ひょんなことを()いたので、モモは「え?」と言葉を返した。

「いえ、だってもう出ないと」

「いいんだ。これからスタッフが迎えに来るから、此処で待ってろ」

「……え?」

 訳も分からず、とりあえず隣の席へ戻るモモ。凪徒はそれを見下ろし、

「明日の公演、親父の金で貸し切ってやった」

「ええっ!?」

 ニンマリ笑って大それたことを告白した凪徒に、モモは思わずシートの上で飛び跳ねた。

「実際明日は休演日なんだが、事情を説明したら快諾してくれたんだ。これから団員と打合せをして、リハーサルと本番は明日だ」

「リ、リハーサル? 本番?」

 静まり返った場内に、モモのすっとんきょうな声が響き渡る。

「母さんに見せたいだろ? ──お前の舞を」

「あっ……──」

 鮮やかに決められた凪徒のウィンクと説明に、モモはハッとして両手で口元を覆った。

 ──自分の演舞を、お母さんに──!?


< 134 / 238 >

この作品をシェア

pagetop