*触れられた頬* ―冬―
「良かった。喜んでもらえて」

「でも、ね。桃瀬、あの後ちょっと気になったのだけど……」

 椿は娘の横顔を(うかが)うようにゆっくりと首を(かし)げた。

「凪徒さんと握手した時、貴女……元気がないように思えたの。もしかして、何か悩み事でもあるの?」

「え……」

 ──あんなに遠くにいたのに……気付かれた?

 ずっと離れていても、これが血の繋がりなのだと、モモは感じざるを得なかった。

「ううん。そんなことないよ。三回転が成功して、自分でも驚いちゃって」

 ──施設の為にサーカスを辞めるだなんて、やっぱりお母さんにも言えない。

 モモは精一杯自然な表情をしてみせた。

 昔の能面みたいな笑顔を思い出す。

 隠すつもりでなくとも、ずっと絶やすことなく出来ていた偽りの自分。

 母親に心配を掛けたくない──そんな今こそ、現れるべきだ。

「そう……? それじゃ私の取り越し苦労、だったのね。でも桃瀬、何かあったら遠慮なく言って良いのよ。こんなこと、やっぱり言える立場ではないけれど、今まで出来なかった分、甘えてくれたら嬉しいの」

「うん。日本に帰っても、ちゃんと話したいことは話すから大丈夫。帰ったらすぐ、ロシアにも掛けられる携帯に変えるね」

 日本に帰ったら──全てが落ち着いたら、お母さんに話そう。

 モモは『今』言えない苦しみを忘れるように、母親の胸に抱きついた。


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