*触れられた頬* ―冬―
 ──まったく……秘密主義な上に、人使い荒いよな。

 点検表を取りに事務所に戻り、筆記用具を片手に歩き出した。

 既に昨日のような淡い夕闇が落ち始めている。

 寝台車の角を横切ると、向こうからやって来た小さい影が、団長室の扉をノックしていた。

 隣に同じ位の少しふくよかな影が二人並んでいる。

「……」

 三人と凪徒は視線がかち合ったが、その気まずそうな眼差しに声が掛けられなかった。

 会釈をされたので同じように返し、慌てて入室するその横を静かに通り過ぎた。

 ──モモと……誰だ? 団長に何の用が?

 モモの咄嗟(とっさ)()らした瞳が気になりつつも、まずは敷地の出口を目指した。

 やがて昨日見た美しい海の照り返しが、細めた(まなこ)に強引に映り込む。

 しかしすぐにその真中に黒い人影が出現し、それはこちらに向かって近付いてきた。

 ──今日は随分と来客が多いんだな。

 すぐ傍まで歩み寄り立ち止まった影が、口を開くのを待つ凪徒。

 その影は背の高い彼を少しだけ見上げ、

「桜 凪徒さん、ですよね? お話したいことがあるのですが」

 ──え? 俺?

 そう話し掛けてきたのは、引き締まった表情をした洸騎だった──。


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