*触れられた頬* ―冬―

[52]背中と相棒 〈N&M〉

 プレハブの外には冷たい闇が漂っていた。

 それを斬り裂くように疾走する。

 時が止められるのなら、一刻も早く止めたいと願っていた。

 止めて……せめて何も悩むことなく共に舞い続けていた、一月(ひとつき)前に戻りたい。

 団長室の(あか)りは遠目でも晃々(こうこう)として、未だ話し合いがなされているように思われた。

 突然飛び込んで何が言えるというのか?

 自分でも分からないまま、それでも前へ前へと繰り出される脚は、焦る気持ちと同じく先を急いでいた。

 ──ずっと……モスクワにいる間も、そんな問題を抱えていたなんて……きっと母さんにも言えなかった筈だ。誰にも言えずに……あいつは──

「あっ!」

 ──だからオールド・サーカスで、モモは俺と握手なんてしたのか?

 突如気付いた『別れの挨拶』に、思わず足が止まっていた。

「ふざけんなっ!!」

 何処(どこ)にもぶつけられない(いか)りを自分自身に投げつけるように、髪を無造作に掻き上げて再び走り出した。


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