*触れられた頬* ―冬―

[2]ためらいとタイムラグ

 翌日はどんよりとした寒空(さむぞら)(もと)、テントや楽屋の撤去作業が始まった。

 団員は一致団結して大きな機材を運ばなければならない。

 動物達の移送もデリケートな作業の一つだ。

 それでももう何年も何度も重ねてきたルーティーンなだけに、皆の手際(てぎわ)はすこぶる良かった。

 まもなく入団して三年になるモモの動きも手慣れてきていることは(うかが)えたが、その顔色は上空の曇天(どんてん)のように晴れやかではなかった。

 昨夜の一件が起因していることは、その場にいたメンバーには容易に明らかであった。

「……モモちゃん?」

 そんな事情を知らない鈴原夫人が、ふとモモのパッとしない表情を見て問う。

「──え? あっ、すみません! 夫人、呼びましたか?」

「ええ……どうかしたの?」

 夫人は軽く腰を(かが)めて、遠慮がちにうっすらと笑み、モモの顔を(のぞ)いた。

「い、いえ、何でも──」

 いつしか冴えないそれを隠すように(うつむ)き、逃げるように後ずさってしまうモモ。

「何か気になることがあったら、何でも相談してね」

 夫人はそれ以上踏み込むことはやめて、()えてその場を自分から離れていった──。



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