カレンダーガール
2人ともコートを着込んで、車いすの有香さんと中庭へ。
ホスピス病棟だけあって、車いすでゆっくり出来るスペースがいくつも用意されている。
私たちは、小さなテーブルとベンチのあるスペースで足を止めた。

「これでも私、ピアニストだったのよ」
フフフ。
と、楽しそうに笑う有香さん。

「へー。そうなんですかあ」
確かに、初めて会ったときの有香さんにはそんな感じがあった。

「でも、今はもう面影もないわ」
一瞬、さみしそうな顔。

私は何も言えなかった。

「桜子さん。私にもやりたいことや、夢があったの」
「・・・」
「明日鷹のことも好きだった」
「・・・」
どんなに探しても、返す言葉が出てこない。

「でも、もうあきらめた。桜子さん。今、明日鷹が好きなのはあなたね」
「有香さん」
気がつけば、私も有香さんも泣いていた。
病院の中庭で2人、大泣きした。

寒くなるからと看護師さんが迎えに来るまで、小一時間ほどを外で過ごした。


病院から帰る車の中。
ハンドルを握りながら、私の涙が止まらない。

有香さんの生きたい気持ちも、悔しさも、みんな伝わってきて悲しかった。
医者のくせに。
生と死に一番近いところにいるのに・・・
私はなんて薄っぺらい人間なんだ。

どこにも持って行くことの出来ない思いを抱えて、その日は眠れなかった。
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