マーメイド・セレナーデ
先輩を引き連れておいて、別に行く当てもなかった。
見るからに俺と違って人に見られるのが苦手そうな容姿から、人気のないところへとは意識していたものの。

とりあえず、向かったのは美術棟。
昼休みに人はいないだろうと、美術の授業も美術部もないこの学校で物置でしかない美術室まで来て振り返った。


俺の歩幅にして約5歩程度離れたところに先輩は立っていた。



「用件をどうぞ」



告白だったら面倒だな、と思った。
…………俺に、それ以外の考えは浮かばなかったのだけれど。


もじもじとして中々言葉を発しない先輩を見て、苛付きが増幅する。

早く、言えばいいのに。何をためらってるんだ。
後輩の教室まで来る勇気があるなら、そのまま勢いで言やぁいいのに。


けれど、こんな静かな時間を過ごすのも久し振りで、それもいいかと思い始めてきた。

苛立ちから落ち着いてきた俺は、美術室の前の廊下にある手洗い場のステンレスの縁に腰掛けた。
使われない手洗い場は水滴が付いていることもなく、俺は十分に腰掛けて、この際だからとトコトン彼女の時間に付き合うつもりだった。


口が寂しくなってきて何か食い物、とポケットを探す。
パンパンとズボンを叩いているけれど、自分の中で葛藤しているらしい先輩は俺に意識を向けることなくまだグダグダと悩んでいた。


なんもねぇや。


残念、と俺は両肘を太腿について前屈みに、俺はじっと先輩を観察することにした。
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