マーメイド・セレナーデ

聞こえない会話

田舎で遊びに行くところもなければ買い物に行くところもない。

おしゃれしたって、と思えば手抜きになってしまう。
ジーンズを履いてカジュアルにして台所に下りれば、すでにみんないなくて着替え終えている翔太しか見当たらない。



「色気ねえ、つっただろ」



誰もいないならあんたの言うことなんて聞く必要ないもの。

反応を返さずに、前を横切り冷蔵庫を開けて今度こそ冷たい麦茶を喉に通した。


ドンッと机を叩く音がしてペットボトルが手から離れて床に落ちる。

びっちょりと濡れたジーンズ、広がる床にできた水溜まり。


振り返れば、あの眼できっと睨み付けてるんだ。

怖い、ものすごく怖い。
カタカタと震え始めた自分の身体を掻き抱いてしゃがみ込んだ。



「着替えてこい、俺様ん家に行く」



抑揚のない低い声を聞き取ると、その場を片付けもせずに逃げ出した。
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