エリート外交官は別れを選んだ私を、赤ちゃんごと溺愛で包む

 私は実父の死後、三歳で父方の祖父母の元に引き取られた。

 母と再婚相手のアンドルー氏は学生時代からの知り合いだったらしい。ふたりの間に生まれた妹がいることは、祖父から聞いて知っていた。

 養子縁組もした祖父母は、私が寂しくないよう、たっぷりの愛情を注ぎ育んでくれた。

 実のところ、私を育ててくれた祖母もまた、イギリス人で──小学生の頃亡くなってしまったけれど、優しくも厳しい、大好きな人だった。

 そして、私もまたどこか、クォーターにしてはかなり濃い西洋風の面差しを受け継いでいる。身長だけは小柄な母に似たのか、日本人の平均もないのだけれど。

 そうやって、祖父とふたり、穏やかな日々を過ごしていた。

 しかし、進級を控えた高校二年生の三月、十五年ぶりに日本へやってきた母は私と祖父に言ったのだ。


『お願い、助けて夏乃子。このままだと、ララ……あなたの妹がお義母様を介護しなくてはならなくなるの』

 母の話によれば、伯爵家は貴族とはいえ今現在は決して裕福ではないのだという。

 というのも、先祖代々引き継いできた領地や家屋の維持だけで膨大な費用がかかり、かといって「貴族」ゆえにそれらを手放すこともできず汲々としているのが実情なのだと言う。

『ララはまだ十三歳なの。あたしがお世話できれば一番なのだけれど、あたしも仕事があって』

 うるうると母の瞳が涙をたたえた。
 祖父は『行くな』と言ってくれた。

『高校はどうするんだ』
『お義父さま、大丈夫ですわ。落ち着いたらあちらの高校に編入手続きをとりましょう。留学と考えたらいいのよ』
『……だからって、夏乃子がどうして見ず知らずのばあさんを介護しなきゃなんないんだ? 夏乃子だってまだ十七なんだぞ』
『他に頼るところがないんです、ね、夏乃子。お願い……』


 迷いはあった。大事な祖父を置いて日本を離れること、今の生活を諦めること。


『夏乃子』


 ふたりきりになったあと、母は私を抱きしめて言った。
 あったかい。
 記憶にある限り、初めて感じる母のあったかさ。

『会いたかったわ』

 優しい声だった。

『ね? 一緒にロンドンへ行きましょ? おじいちゃんも定年されたし、あなたの大学費用を生活費にしてもらったほうがいいじゃない。あちらで大学にだって行けばいい。奨学金のツテがあるの』
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