ラスボス聖女に転生してしまいました~婚約破棄され破滅する運命なので、生き延びるため隣国で錬金術を極めます~
 もっともゲームのストーリーの中では名前しか出てこないキャラクターだからその人となりについては今まで知らなかった。

 噂ではかなりの変人と聞いていたので、もっと偏屈な人だと思っていた。

(かなりイメージと印象が違うのね。こんなにフレンドリーに接してくれるなんて、意外だった)

 物腰が柔らかく、ニコニコしている彼を見て私はその想像とのギャップに少しだけ戸惑っている。

 通称、錬金公爵。国力で数段劣るアルゲニア王国をフェネキス王国との戦争で五分まで持ち込んだ天才。

 フェネキス王国にとって最も畏怖(いふ)すべき人物……それが彼だ。

「おや、麗しき隣国の聖女様が僕のことをご存じでしたとは」

「知らないほうがおかしいですよ。レオンハルト様の名声、功績、それらは我が国でも伝説となっているのですから」

「ふむ。そこまでフェネキス王国で僕を過大評価してくれているとは思いませんでした。恐縮です」

 笑みを絶やさずに私の言葉を世辞だと受け流す彼から感じられたのはゆるぎない自信と重厚な完成度だった。

 謙遜をしているが、この人は自信満々だ。自分の力が優れていると知っている。

 この余裕に満ちた表情は私の評価に誤りがないことの証明だった。

「レオンハルト様、会えて嬉しいです。ふつつか者ですがどうぞよろしくお願いします」

 とにかく私の生殺与奪(せいさつよだつ)はすべて彼に委ねることになる。

 愛想をよくしておいて損はないだろう。

 私はうやうやしく頭を下げて、改めて挨拶をする。

「そうかしこまらなくて大丈夫ですよ。僕はあなたに不自由な思いをさせるつもりはありませんから」

「お気遣いありがとうございます。でも私は――」

「とりあえず、それいりませんよね。窮屈でしょうし……」

 頭を下げる私にレオンハルト様は優しく語りかけ、パチンと指を鳴らす。

「えっ? これは花びら? きゃっ!」

 指の音に気を取られていたら、手錠にひらりと一枚の花びらが付着した。

 その瞬間である。カラッと軽い音とともになんと手錠が砕け散ったのだ。

「信じられない、です。腕がまったく傷ついていません。こんな魔法は初めて見ました……」

 これでも私は魔術師の名門家出身だ。魔法の知識はそれなりにある。
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