面倒な恋人
私と唯仁が二十歳になった時には、一緒にお祝いしようと河村家でパーティーが開かれた。
リビングルームのテーブルにはご馳走はもちろん二十歳のお祝いだからとシャンパンやワインも並べられている。
あたり前だけど、私は家族には似ていない。
奥村の父は生真面目な風貌だし、母はキリっとした美人だ。
私は童顔だからか、いつも家族の中で子ども扱いされてしまうのだ。
二十歳になったのだから、この日はキチンとお化粧をして大人っぽい赤のワンピースを選んでみた。
(少しは大人に見えないかな?)
兄は『孫にも衣装だ』といつも通り揶揄ってくるし、唯仁からはブスッとした顔で『明凛に赤は似合わない』と言われてしまう。
(相変わらず、はっきり言うなあ)
気落ちしていたら、美琴さんがほめてくれた。
私が『美琴さん』と呼ぶのは失礼なようだが、これはご本人の希望だ。
幼い頃『美琴おばさん』と呼んだら、全力で否定されて『美琴さんと呼んで』と言われたのだ。それ以来、私は美琴さんと呼ばせてもらっている。
「明凛ちゃん! チョッと会わないうちにキレイになって!」
「女の子はいいねえ、年頃になると華やかで」
河村夫妻はニコニコと声をかけてくれる。
「明凛ちゃん恋人は? いい人ができたんじゃないの?」
「明凛ちゃんは可愛いからな。もう誰かから告白されたかい?」
ふたりから根掘り葉掘り聞かれて、困ってしまった。
「私はモテなくて」
つい、自虐的になってしまう。
(男の人は苦手だし、恋愛はしたくないし……)
私を産んでくれた人が、妊娠したのに捨てられてしまったことを知ってから、どうしても男性に心を開けない。
「妹に恋人なんて、千年早いですよ」
「明凛には女らしさを感じないしな」
いつものように兄と唯仁からは失礼なことばかり言われたので、つい言い返してしまった。
「兄さんも唯仁も大キライ! 私は慎也さんみたいな優しい人がタイプなの」
あっと思って口を押えた時はもう遅かった。つい勢いで口走ってしまったのだ。
兄は「お前なんかお呼びじゃないよ」と大きな声で笑いだしたが、美琴さんは感激したようだ。
「嬉しいわ! 明凛ちゃんが慎也か唯仁のお嫁さんになってくれたらなって、ずっと思ってたの」
美琴さんには少女のように無邪気なところがあるから、嬉しそうにひとりで盛り上がっている。
「とんでもない」
「我が家と河村家では釣り合いませんから」
喜ぶ美琴さんを見て、父と母は大慌てだ。
両家の格差からいってありえないと、両親は引きつったような笑顔を浮かべている。
肝心の慎也さんは微笑んでいるだけだし、唯仁は無関心なのか兄とゲームを始めてしまった。
混沌としたリビングルームに居たたまれなくなって、私はキッチンへ避難した。
ひとりで食器を洗いながら、どう言い訳しようかと悩んでいたら慎也さんが姿を見せた。
「ここにいたんだ、明凛ちゃん」
「あ、慎也さん。さっきはごめんなさい。つい……」
いいよと言うように、慎也さんが手を横に振っている。
「気にしないで。それより、ちょっと相談があるんだ」
真面目な顔でレッスン室で話そうという。
「内緒の話なんだ」
レッスンのための部屋には防音設備がある。わざわざそこを選ぶのだから、家族に聞かれたくない話かもしれない。
少し緊張しながら、慎也さんと部屋に入った。
「実は、明凛ちゃんに頼みがあるんだ」
「頼み? 私にですか?」
いつも完璧な慎也さんから頼みごとをされるなんて、初めてのことだ。
かなり困っているようだから、深刻なことかと身構えた。
「僕の恋人のフリをしてくれないか?」