面倒な恋人
そうあってほしいと願っていたら、玄関のチャイムが鳴った。
宅配だろうかと思ってそっとドアを開けたら、一番会いたくない人が立っていた。
「あ」
「なんて顔してるんだ」
ラフな服装の唯仁がなぜか玄関前に来ている。
「お前、不用心だな。確認せずにドアを開けるなよ」
「だって、宅配かと思って……」
言い訳をしていたら、唯仁がさっさと部屋に入ってきた。
「あ、待って!」
「玄関先でできる話じゃないだろ」
茶のローファーをぬいでからリビングまで、彼の歩幅なら数歩の距離はあっという間だ。
1LDKのマンションは、唯仁から見れば珍しいのだろう。
「へえ~、こんなところにひとりで住んでるのか」
「あ、あれ? ここの住所、唯仁に教えてたっけ」
その時になって、どうやって唯仁がここに来たのかが気になってきた。
就職する時にお互い屋敷を出たけれど、マンションの住所を伝えていなかったはずだ。
「紘成に教えてもらった」
「兄さんに?」
兄のことだから、唯仁にどうしてもと頼まれて教えてしまったのだろう。
「でも、どうして……」
昨夜の今日だし、唯仁だって私と顔を合わせたくないはずだ。
「お前が黙って帰るからだろ」
リビングに置いているからし色のソファーに腰掛けながら、唯仁が言った。
だって……と口にしようと思ったら、唯仁が気が削がれることを言う。
「あ、このソファー、座り心地がいいな」
ゆったりと座り直しながら、唯仁は気にいったのかソファーの座面をポンと叩いている。
「コーヒー、飲みたい」
「は?」
今度はなにを言いだすのかと思ったら、飲み物の催促だ。
「明凛の淹れたコーヒーはうまいんだろう?」
私は河村家でよくコーヒーを淹れていた。
そういえば、美琴さんからは『美味しい』と言われていたが、たいがい唯仁は留守だった。
「一度、明凛が淹れたコーヒーを飲んでみたかったんだ」
そこまで言われてしまったから、仕方なく私はキッチンに行ってお湯を沸かし始める。
「……どうして来たの?」
お湯が沸くまでの時間、コーヒー豆の用意をしたりマグカップを食器棚から出したりしながら唯仁にもう一度尋ねた。
「お前が勝手に帰るからだ」
また、唯仁は同じようなことを言う。
昨夜の今日だからどうにも落ち着かないし、唯仁の顔がまともに見られない。
もうふたりだけで会わない方がいいんじゃないかと思うのだが、唯仁はなにを考えているんだろう。
それ以上はなにも言葉が浮かばなくて、私は黙ってコーヒーを淹れた。