面倒な恋人
焦り
***
(まったく油断もスキもない)
やっと手に入れかけた明凛なのに、紘成が手を回してくるなんて思ってもいなかった。
紘成とは、小さい頃から仲よくしてきた。
兄とは気があわなかった俺だが、紘成となら遊びも悪戯も似たようなことを思いつくからやりたい放題だった。
音楽ひと筋の慎也より、紘成との会話が好きだった。
紘成は頭の回転が速くて、将来の夢やなりたい職業についてよく相談相手にのってくれてた。
勉強を教えてもらえたし、進路に迷っていた俺に『広告代理店はどうか』と勧めてくれたのも紘成だった。
ずっと明凛のことが大好きだったことを紘成は知っていたはずだ。
なのに、どうして今になって邪魔をするんだろう。
慎也が結婚して、やっと明凛が俺のものになりそうだっていうのにどうしてなんだ。
紘成がなにを考えているか、俺にはわからない。
ただよく知っている相手だけに、俺にとって厄介なことになりそうな予感はした。
急に現れたあの男になんか明凛を奪われるわけにいかないと俺は焦っていた。
***
月曜日、さっそく連絡して紘成が勤める弁護士事務所に行った。
うちの会社の法律顧問弁護の契約をしている事務所だから、仕事で関わることもある。
何度も通っているから、受付の女性とも顔見知りだ。
「奥野紘成先生にお会いする約束がありまして」
「伺っております。どうぞ」
応接室に案内されるまでに何人かの弁護士とすれ違う。
ここはわりと大きなファームで、抱えている弁護士の数も多いから紘成が頭ひとつでも抜けだすのは大変だろう。
そんなことを思いながら、小ぶりな応接室で待っていた。
「悪い、待たせた」
紘成が息をきらしてやってきた。
「お忙しい奥野先生にお時間をとって頂いてすみませんね」
「お前の皮肉は聞き飽きたよ」
相変わらず、なにを言っても紘成は動じない。
「じゃあいつも通りに話すけど、紘成、余計なことはしないでくれないか」
「なんのことだ」
白々しく答える紘成が憎らしい。
「明凛にちょっかい出さないでくれよ」
俺がストレートに言うと、小馬鹿にしたようにニンマリと笑う。
「ここで話すことじゃなさそうだな」
「ああ。じゃあ、今夜、いつものところで八時にどうだ?」
仕方なく、飲みに誘うことにした。
「了解。楽しみにしているよ」
紘成はあっさり了承すると、すぐに部屋を出て行った。
「マジに忙しそうだな」
それでも今夜時間を取ってくれたのは、明凛の話だからかもしれない。