面倒な恋人
エミリアのたっての希望で、結婚披露パーティーの会場は河村家からレストランに急遽変更になった。
あちこちに連絡したり会場と打ち合わせしたりと慌しくなった。奥野夫妻も忙しそうだ。
手伝わなくて悪いと思ったが、俺はアニキ夫婦とも両親とも距離を置いた。
これまで明凛を巻き込んでないがしろにしていたことが、俺を意固地にしていた。
当日になって、少し遅れて会場に行くと明凛の姿があった。
欠席すると思っていたのに、顔を見せていたらしい。
明凛のことだから、どうせ断れなかったんだろう。
ただ、紘成が抱きかかえるようにしているのが気になった。
「どうした?」
「明凛の体調が悪いんだ。途中で抜けて悪いが、家まで連れて帰るよ」
「それなら、俺が」
「え?」
紘成は驚いていたが、明凛をさっと抱きとった。
「任せてくれ」
「おい、唯仁!」
紘成の呼び止める声が聞こえたが、明凛を先にタクシーの後部座席に乗せてから俺も横に座った。
苦しそうに明凛が俺の肩に頭を乗せてくる。
「大丈夫か?」
「少しよくなったけど……」
タクシーの中で明凛は黙ったままだ。手を触ると氷のように冷たかった。
少し落ち着いてきたのか明凛が身体を離したが、繋いだ手はギュッと握ったまま離さなかった。
「そういえば、唯仁。どうして遅れたの?」
「お前、気が付かなかったのか?」
「姿が見えないな~と思ったけど、まさか遅れてたなんて」
「なんでお前は出席したんだ」
「ごめんね。唯仁には行かないって言ったんだけど、急に母から頼まれたのよ」
「やっぱりな」
明凛がタクシーの窓から外の景色を見ている。
「タクシー、私のマンションに行ってるの?」
「いや病院だ。もう着く」
「え?」
タクシーは総合病院についた。
「降りて」
「今日は土曜日だから、休診でしょ?」
「大丈夫。なんとでもなる」
「そんなに酷くないから大丈夫よ」
ひと気のないロビーだが、受付だけには人影があった。
「待ってて」
受付に急患だと告げると、すぐに奥に案内された。ここには河村家の主治医もいるから安心だ。
明凛が診察を受けている間、廊下の椅子にじっと座って待った。
しばらくして、明凛が姿を見せた。
顔色はよくないが、足取りはしっかりしている。
「心配ないって。大丈夫だよ」
「ああ。それならよかった」
たいしたことがないと聞くと、やっと安心できた。思わずギュッと抱きしめてしまう。
「唯仁、離して」
「嫌だ」
「こんなところで、やめてよ」
「離さない」
このところ、明凛のストレスはかなりのものだったと思う。
胃の具合が悪くなるくらい、アニキや母のことを気遣ってくれたんだろう。
「ほんとに大丈夫なんだな」
明凛の顔をよく見ようと上を向かせる。
「このところお前は大変だったから、心配したんだぞ」
「うん……」
優しい言葉をかけても、明凛の表情は暗いままだ。
よほど、気がかりなことでもあるんだろうか。
「俺が言っても信じてくれないかもしれないが、いつも明凛のことは気にしてる」
「え?」
「明凛は?」
じっと明凛を見つめるが、その瞳は揺れている。
体調の悪い明凛にそれ以上は言えなくて、俺は黙り込む。
(俺を選べ、明凛。誰よりも、俺がお前を一番愛してる)
心の中でそう叫ぶが、明凛に伝わるはずもない。
その日は貝のように口を閉ざした彼女をマンションまで送っただけで別れた。