面倒な恋人
明凛は唯仁がそっと背中を押してくれるから、自分らしくいられるのだ。
子育てや家の中のことで行き詰まっても、唯仁が話を聞いてくれるだけで楽になる。
ふたりであれこれ話していているうちに、答えが見つかることが何度もあった。
言葉でわかりあうことと、お互いの体温を知ること。
それが明凛と唯仁の睦まじさの秘訣かもしれない。
「あら~、クッキーがたくさん!」
「美味しそうですね」
歌うようにしゃべりながら、美琴とエミリアがテラスに姿を見せた。
美琴がまず席に着く。
「お義母さん、食べ過ぎはダメよ。いい声がでません」
「ハイハイ、わかりました」
エミリアはどんどん日本語が上達していて、美琴との会話も楽しそうだ。
おかげで明凛がおしゃべりに付き合わされる時間はグッと少なくなった。
「今日も唯仁は遅いの?」
「横浜での打ち合わせが終わったら直帰してくるそうですから、そろそろ……」
そんな話をしていたら、門扉が開く音が聞こえた。
「パパだ~」「叔父ちゃんだ~」
いち早く車を見つけた子どもたちからいっせいに声が上がった。
「危ないから、ここで待っていようね!」
正面玄関に駆け出す子どもたちを見て、思わず明凛が追いかける。
すると庭の向こうから、背の高い唯仁の姿が見えた。
子どもたちがその長い足にまとわりついている。
運転手に車を任せ、先に下りて庭に歩いてきたらしい。
「明凛、走るなよ」
明凛に気が付いた唯仁が、大股でこちらに向かってくるのがわかった。
「お帰りなさい」
立ち止まって、明凛は手を振った。
「ただいま」
大きな声で答える唯仁は、息子を抱き上げている。
娘が不服そうなのを見て、もう片方の腕に抱っこした。
(溶けない幸せ)
家族の姿を見て、明凛は心の中で呟いた。
やっと明凛が手に入れた自分の居場所は、陽のあたる庭にも似て心地よく家族を包んでいるものだ。
そばに歩み寄ってきた唯仁が、明凛の頬にキスをする。
「ベビーは?」
「ご機嫌よ」
「うん」
明凛の膨らんだお腹に手をあてて満足そうに微笑んだ唯仁の表情は、蕩けそうなくらい甘かった。