聖女、君子じゃございません
 結婚前の女性は普通、寝室に男性を招き入れたりしない。一般的に『はしたないこと』だと認識されているし、当人たちがどんなに否定しても、下世話な想像をする人間は多い。噂というのは思わぬところから瞬く間に広まるものだ。
 おまけに、アーシュラ様は聖女ということもあって、人々の耳目を余計に集めている。本人だって、そのぐらいは心得ているはずなのに。


「無理です。ご自分で起きてください」


 言うや否や、アーシュラ様の部屋の戸が唐突に開き、見えない力に背中を押される。


「……っ⁉」


 けれど、無理やり部屋に入れられたこと以上に俺の気を引いたのは、アーシュラ様の部屋の悲惨な有様だった。

 昨日着ていた洋服が無造作にソファに脱ぎ捨てられ、食べ物や飲み物のゴミ、使用済みのタオル等がそのままの状態で置かれている。
 あの小さなカバンの何処に入っていたかは分からないが、本やら小物類が部屋の至る所に散らかっていて、うっかり踏んでしまわないか心配になるほどだ。


「な……な…………」

「ローラン様ぁ、お腹空きました。でも、すっごく眠い……」


 アーシュラ様はベッドの上に腰掛けて、こくりこくりと舟を漕いでいる。同時に、ぐーーと盛大にお腹が鳴った。器用だ。


「今日の朝ごはんは何にしましょう? この辺のお店でどこかおススメは……」

「寝言は寝て言ってください!」


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