地味子なのに突然聖女にされたら、闇堕ち中の王子様が迎えにきました
 


※※※




 無事、晩餐会を終えレオさんに私の部屋まで案内してもらう。

 長い廊下には、均等に柱が立っており豪華な蝋台のキャンドルライトが辺りを照らしていた。フェンリルの華奢で繊細な蝋台とは違う。目と嘴の大きなモンスターが付いている。一見可愛いようにも見えるが夜見ると薄気味悪い。



 広間を出て行く際に、ジゼルさんに念押しのように唇へリップを塗られた。
 もちろん化粧直しではなく、キスできるように「頑張って」と一言声をかけられる。

 今まで食事や最後のデザートを思う存分堪能してたせいで、そうえばレオさんとキスしなきゃいけない、という重要なことを思い出した。

 後ろからレオさんの姿を見つめ、1人顔を赤くする。む、無理だよ、恥ずかし過ぎる。

 でも今日キス(浄化)できなかったら、もう笑いかけてくれなくなるってどういうこと。浄化できないと、その魔獣化っていうのが進んでレオさんは苦しむことになるんだろうか。

 フェンリルまで浄化できる聖女を探しにきた位だ。それで浄化できる私が見つかってキスで浄化できることも分かって、どうしてこの期に及んでキスを躊躇う?
 
 ……私が面倒になった?
 こうやって今日のように私に気を使っていたら、日々の鍛錬や任務に支障が出るかもしれない。

 後ろ向きな考えばかりが浮かんで泣きそうになるのを堪える。だめだ、こうやって暗いからいじめられてきたんじゃないか、唇をぎゅっと噛み締めた。
 

 部屋へ着くとドアを開けてくれる。暗い部屋の灯りをつけると、部屋の中心に白い天蓋の付いた豪華なベッドが重鎮していた。天井まで届きそうな程大きな窓からはバルコニーに繋がっていて、月明かりがよく入る。


「今日は疲れただろう」

「いえ、皆によくしてもらって。私は幸せものです」

「良かった。じゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさい」


 なんとなくすっきりしない表情の私に気付いたのか、頭にまた大きな手を乗せて撫でる。


「……これから、何かあったら周りの人を頼って、」

 何か含みを持つ言葉に、たまらず不安になって聞き返す。

「レ、レオさんは?」

 その問いに言葉を選んでるのか間を置いて答える。


「俺は、悪いけど、多分もう難しくなる」


 私から目を下の方へ逸らして答える。心なしか表情が暗い。

 あぁ、やっぱり。今日キス(浄化)できないと、ジゼルさんが言っていた通り、こうやって顔を合わせて話すことも難しくなるんだろう。
 恥ずかしがってる場合じゃない、と思いながらも緊張で足が震えだす。

「あ、あの、それは、レオさんに浄化が必要なんですよね?浄化できれば、今日みたいにまたお話できるんですよね?」

「……」

 無言になってしまった彼に、あぁまずいことを言ってしまったかと慌てる。

「それは、誰かに言えと言われたのか?」

「い、いえ!」

「あぁもう、アベルかジゼルかどっちかだな。誰に言われたか知らんがもう良いんだ。俺じゃなくても、お前を支えてやれそうな奴はたくさんいる」


 俺じゃなくても、


 心に深く、その言葉が突き刺さる。

 核心に触れるのは怖いけど、レオさんとこうして話せなくなる方がよっぽど怖い。


「わ、私とキスするのはおイヤですか?」

 意を決して尋ねる。どんな顔をしているか怖くて見れず、目線がレオさんの足元を彷徨う。
 イヤと言われたらどうしよう。こうやって、今日みたいに面倒見続けたくないって思ってるのかも。


「……アレはやっぱり間違ってる」

「え?」

「まだ何も知らない、少女にする行為じゃない」

「私、大丈夫です……!」

 自分で言っていて、何が大丈夫なんだろうか。情けないことに、声も手も震えている。

 振り絞るように出した声を皮切りに、思っていることが遠慮なく口から出てくる。レオさんが私とのキスを躊躇う理由が、私を慮っているだけなら。
 今、言わなくては、きっとすごく後悔する。


「わ、私、何か嫌われるようなことをしてしまいましたか?」

「え?」

「だって、レオさんの浄化をするためにここへ来たのに。今日は確かに皆さんに優しくして頂いて本当に嬉しかったです。本当にこの国へ来て良かったと思いました」


 これまであったことが頭の中でブワーっと駆け巡る。この数日で、私の人生はガラリと変わってしまった。
 おそらくここが私の頑張りどころなのだと思う。いつもの弱気な自分を鼓舞するよう、最後までちゃんと気持ちを伝えられるよう拳をぎゅっと握ってレオさんの目を見た。

「だ、だけど、それ以上に不安で苦しくてたまりません。いきなり聖女なんて言われて、知らず知らずのうちに、何か大きな事態に巻き込まれているようで、この先どうなるか全く分からない中で」

 こんなに頑張って自分の気持ちを人に伝えたことがあっただろうか。涙が次々と頬を伝っていく。泣きながら、懸命に言葉を繋げた。

「目の前でたくさんの人が血を流したり泣き叫んだり、この世の終わりみたいなモンスターが出てきたり、そんな事件が立て続けに起こって、もう色々感情ごちゃごちゃで、何を信じたら良いか分からなくて、その中でレオさんに出会って、
 

 一度涙を拭って、レオさんを見つめしっかり告げる。


「私はガイアの方達についてきたんじゃないです、レオさんを信じてついてきたんです」


 緊張の糸がほぐれたのか、更に唇が震えて涙が大量に溢れてきた。しゃくりあげながら、まともに言葉を発せなくなる。 


 それでも、自分の気持ちを分かって欲しくて泣きながら必死に訴えた。


「レオさんがいたから。私にはレオさんが必要です」


 私が言い終わる前に、レオさんに抱き寄せられていた。


「お願い、だから、見放さないで」


 子どものように泣きじゃくる私を慰めるかのように、レオさんの唇が私の唇に優しく触れた。

 私から求めるように、下唇をひと舐めすると、一瞬間を置いて、そのまま舌を絡め取られ深いキスへ変わる。

 私とのキスを躊躇う理由は、これは本当は恋人とするようなキスだから。家族や友人にするようなキスではない。
 ましてや、まだ恋すら知らない私にするのは間違ってると。

 息継ぎが上手くできなくて苦しい。だけどやめて欲しくない。これだけが、この人と繋がっていられる唯一の方法だから。

 キスをしながら、また涙が出てきた。

 本当は、怖くて怖くて、どこかへ逃げ出したくなる。この先どうなってしまうのか全然分からなくて、ただただ不安で泣き叫びたくなる。

 レオさんにそばに居て欲しい。弱気で情けない私を、どうか、支えて欲しい。

 さっき、自分の言葉にして、改めて自覚する。私の中でこの人がどれだけ大きな存在になっているかということを。


 不意に唇が離れて、私の背中を大きな手で撫でながらあやしてくれる。


「悪かった、そんなに思い詰めていたとは気付かず」

 優しい声色に、フルフルと左右に頭を振る。

 レオさんの腕の中で、心底実感する。ここが一番安心すると。

 今日は本当にお姫様のようだった。でもレオさんがいれば、もう何も望まない。ドレスも、美味しいご飯もいらない。レオさんだけ側にいてくれれば、あとはもう何もいらない。


「イヴ、一つ言っておきたいことがある」

 深刻そうに言うレオさんに、まだ何かあるのかと心がざわつく。腕の中で不安そうに見上げると、大きな手が私の視界を遮った。
 その隙間から、少しレオさんの顔が赤くなっているように見える。 


「確かに俺はお前とのキスを躊躇ってた。もちろん、イヴを気遣ってというのもあったが。一番は、なんでかお前とキスすると」

 言い淀む彼に、真意を知りたくてシャツを握りしめる手に力がこもる。


「なんていうか、止まらなくなるというか。加減ができなくなる。いつか取り返しがつかないことをしてしまいそうでそれが怖い」

「今の私に、レオさんを失うことより怖いことなんてありません」


「いつか、これ以上のことをされても?」

「は、い……っ」

 
 そう返事をした瞬間、私の体を抱き抱えると、容易く体が宙に浮いてしまった。怖くて思わず、大きな体にしがみつく。

 そのままベッドへ少々手荒に落とされ、押し倒すと真剣な面持ちで尋ねてくる。


「その意味分かって言ってるのか?」


 真意を理解して返事した訳ではない、と気付かれていたのだろう。何も考えていないように、あまりに無防備に見えたのか、少し怒っているかのようにも見えた。


 確かに、これ以上のことを知らない。だけど、


「……脅して悪かった」


 なかなか返答できない私に、ぽんと私の頭に手を乗せて謝るレオさん。ベッドから降りようとする彼に、慌てて手を掴んだ。
 今日は、どうしても離れたくない。


「わ、分からないけど、私はレオさんに何をされても大丈夫です。だから、今日は側にいて欲しい」


 顔を赤くして懇願する。自分でも恥ずかしいことを言っているのは分かっている。呆れられてしまうだろうか。それともまた怒る?

 それでも今夜は一緒にいて欲しい。できれば明日も明後日も。


「まいったな。本当、無自覚に煽る怖いもの知らずなやつだよお前は」


 呆れたように苦笑いしながら、一緒のベッドへ入ってくれた。嬉しくて、つい顔がほころぶ。
 レオさんはそれを見て、やれやれ、といった表情。


 その後は疲れもあってか、すんなり夢の中へ誘われた。



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