円満夫婦ではなかったので
園香が転落した現場は、昨年完成した複合商業施設。
一階から五階には飲食店や専門店が入り、それより上階には展示室やオフィスフロアという造りだ。
飲食店が並ぶ一階から二階のエリアの行き来用には外側に大きな階段がある。
園香が落ちたのはその階段からだったのだが、問題はそのビル――グランリバー神楽は、瑞記が事務所移転を検討していた物件なのだ。
業務拡大に向けて希咲と決めたお気に入りの物件だと言うのに、そこで妻が怪我をしてしまうなんて縁起が悪い。
園香にはまだ移転の話をしていなかったから偶然だろうが、彼女がそこで何をしていたのか気になってしまう。
「ランチに訪れたって訳じゃなさそうだものね」
「ああ。事故に遭ったのは午前十時前だからね。その時間に営業していたのは、カフェくらいだよ。でもわざわざあのビルまで行って、どこにでもあるようなカフェに入るか?」
「そうねえ……って本人に聞いちゃえばいいんじゃないの?」
「いやそれが」
「それが?」
希咲が大きな目を瞬き、瑞記の顔を覗き込んで来る。
「実は……事故のショックで記憶がなくなったんだ」
「……え?」
希咲が絶句して笑みをけす。
「信じられないよな? 俺もまさかと思ったけど、本当に何も覚えてないんだ」
「本当に、何も覚えていないの?」
「あ、ああ……希咲? 顔色が悪いけど、どうしたんだ?」
何事にも余裕のある彼女らしくない反応に、瑞記まで動揺してしまう。