ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない

自分がどのあたりにいるのか実はよくわかっていなかったのだが、目的地に到着してようやく北鎌倉だったのだと判明した。

「ぅ、わぁあああっ……」

彼に連れてこられたそこは、全国的にも知られた紫陽花の名所、明月院。

緩やかな石段とその両側に咲き群れる紫陽花っていう光景は、テレビや雑誌でおなじみのものではあるけれど、実際に目にするとそれはもう圧巻の一言だった。

「すご……」

上品な青と濃い緑のコントラストは、曇り空のしっとりとした空気の中で深みと艶を増して、目に染みるように美しい。

花はちょうど満開。周囲では大勢の家族連れやカップルが競い合うようにスマホのカメラを向けている。
でも私は……なんとなくこの見事な景色を切り取ってしまうのはもったいない気もして、ただただ言葉を失ったまま立ち尽くす。


――夢のように綺麗なの、織江にも見せてあげたいわ。

ふと脳裏に響いたのは、懐かしい声。

――北鎌倉にあってね。お父さんと、初めてのデートで行った場所なの。


あぁそうだ、そうだった。お母さんがよく話してくれたっけ。
いつか織江を連れて行ってあげるわと。

もちろん貴志さんが知ってるはずないけど、まさか、こんな形で叶うなんて……ねぇお母さん、信じられる?

ジワリと風景が歪み出してしまい、急いで視線を上げ、光速で瞬きを繰り返した。

と、そこへ控え目な咳払い。

「……織江、ゆっくりでいいから歩けるか?」

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