ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
――おりえ、ちゃんと立ってるよ?
昔は、何のことを言われてるのか理解できなかったけど、今ならなんとなくわかる気がする。
――自分の目でいろんなものを見て、肌で感じて、いろんな経験を積んでね。世界は広いわ。いろんな人がいて、言葉や文化があって、素晴らしいものがあふれてる。そしてそれは、家の中じゃ見つけることのできないものなの。
――だから、いい? その時が来たら、この家を出て行きなさい。振り向かずにね。そして、思うままに生きなさい。お母さんはいつだって、どこにいたって、あなたを見守ってるから。
その頃、お母さんの身体はすでに病魔に侵されていた。
いずれ自分ではない女性がこの家に来ることを、予期していたのかもしれない。
お母さんが亡くなった後、紫陽花の花言葉が“浮気”“移り気”だと知った。
そんな花を女性に贈るお父さんもお父さんだけど、それを嬉しそうに世話するお母さんもお母さんだよ、と悲しくなった。
それとも、知ってて知らないふりをしていたんだろうか。
幸せだと、自分に言い聞かせながら……?
物思いから覚めると、そこには生命力のカケラも感じられない空間があるばかり。紫陽花も、梅も松も、池の鯉もオタマジャクシも……何もなかった。
お母さんはもう、この家にはいない。
優しかったお父さんも、もう……
ひたひたと迫る孤独を感じて、白封筒をギュッと強く胸の中に抱きしめる。
そして、銀色に輝く月を見上げ、心の中でつぶやいた。
だったら……いいよね?
このお見合いを、ぶち壊してしまっても。