ツンデレ副社長は、あの子が気になって仕方ない
「本当に、ちょっとした事故だったということで、こんな一般人のことはさらっとお忘れください。間違っても、彼女さんには一言も漏らしませんので!」
「は? 彼女って何のこ――」
「では、あの、業務に戻りますので、失礼しますっ」
「ちょ、待っ……!」
腰を浮かせ捕まえようと伸ばした手をすり抜け、しなやかな後ろ姿はあっという間にドアの向こうへ消えてしまい。
室内には、無様に固まったオレだけが取り残された。
◆◆◆◆
「村瀬様、今夜は少々ペースが速いのでは?」
心配そうな声が思考に割り込み、ピクリと肩が跳ねそうになった。
視線を上げると、木目のカウンターに置かれたグラスへ馴染みのソムリエールがシャンパンを注ぐところだった。
「……気のせいじゃないか? いつも通りだよ」
シュワシュワッと立ち上る繊細な気泡に見惚れるふりをして気まずさを紛らわせつつ、グラスを手に取った。
こっちの拒絶を察したのか、賢い彼女はそれ以上何も言わずにそっと離れて行く。
ホッとして、再びぼんやりとグラスを見つめる。そこに重なるように浮かぶのは、ここ最近ずっとオレの頭の中を独占している一人の女性の顔だ。
なぜ逃がしてしまったんだろう。
せっかくじっくり話せるチャンスだったのに。