雨宮課長に甘えたい【2022.12.3番外編完結】
「まだ聞きたいですか?」
クスッと笑って雨宮課長の手をぎゅっと握った。

「もういい」と低い声で言って、雨宮課長がため息をつく。
照れくさそうな横顔が可愛くて心臓がキュンってなる。

可愛いって言ったら怒られるかな?

「今日は奈々ちゃんに情けない所ばかり見られてるな」
「情けない所?」
何の事かわからず瞬きを繰り返す。

「俺、涙ぐんだだろ」
可愛い。雨宮課長、気にしていたんだ。

「嬉しかったんだよ。久しぶりに奈々ちゃんに『拓海さん』って呼んでもらって」

あっ……。

久しぶりにって事は、記憶喪失前の私は『拓海さん』って呼んでいたんだ。初めて呼んだ気がしなかったのは、そういう事か。

雨宮課長は記憶喪失前の私を思い出したのかも。
拓海さんって呼んだだけで、涙ぐむ程、前の私を好きでいてくれるんだ。

じゃあ、今の記憶のない私は?
そう考えて恐ろしくなる。このまま一生、思い出せなかったら、雨宮課長は私から離れていくかもしれない。心臓が嫌な鼓動を立てる。

「奈々ちゃん?」

黙ったままの私に心配そうな声がかかった。

「すみません。少し疲れました。寝ていてもいいですか?」

ふっと息をついて、運転席とは反対側の窓の方を向いて目を閉じる。

今は話さない方がいい。今感じた雨宮課長が私から離れていく恐怖のせいで、感情的になるから。それで、雨宮課長をまた困らせて、失望されて、嫌われて……想像が現実になる。

嫌だ。雨宮課長と離れたくない。

「宿についたら起こしてあげるよ」

私の手を握っていた手がおやすみの挨拶をするように頭を撫でてくれた。
優しい手の感触に胸がいっぱいになって、瞼の奥が熱くなる。雨宮課長と離れたくない。ずっと一緒にいたい。でも、このまま思い出せなかったら……。

きゅっと唇を噛みしめて涙を堪えた。
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