だいたい死ぬ悲運の王女は絶対に幸せになりたい!〜努力とチートでどんな運命だって変えてみせます〜
「…………庭園の前で何をしているんだ」

 男はこちらを冷ややかに睨んだ。
 アミレスより濃い輝きを放つ銀の髪に青い瞳の、彫像と見紛う美しい少年。
 アミレスより二つ歳上で、アミレスとは血縁関係にあたる実の兄。
 フォーロイト帝国が皇太子──フリードル・ヘル・フォーロイト。
 後に氷結の貴公子という通称を戦場に轟かす事となる冷酷な次期皇帝……それがこの男だ。
 そして、アンディザ二作目における攻略対象。
 ヒロインの愛によって氷の仮面が溶かされるその時まで、決して愛など知らなかった男。
 ……この男には最初から(アミレス)に与える愛なんて持ち合わせていない。どれだけこちらが期待しようが無駄。
 情けも無ければ優しさも無いような男、関わるだけ時間の無駄だし、フリードルと関わる毎にバットエンドが近づくだけだ。
 そう、全てが無駄なのだ。だからこそ今すぐにでもあの男の前から逃げ出したい。一秒たりとも関わっていたくない。
 そんな男を目視した私は、急いで手に持っていたペンや紙をポケットの中にしまう。本はもうどうしようもないので、手に持ったままだ。

「…………申し訳ございません、兄様」

 私としてはとにかくこの場から逃げたかったのに、この体はそれを拒み、お辞儀と共にあの男を『兄様』と呼んだ。アミレスがそれ以外の呼び方を許してくれないのだ。
 私としてはこの男を兄様なんて呼ぶのはとても屈辱的な事なのだが、アミレスの残滓がこれだけは譲れないと勝手に口を動かすのだから仕方が無い。
 フリードルの呼び方はもうどうでもいい、とりあえずの問題は……どうやってこの場から逃げるかだ。
 普段アミレスにどれだけ呼び止められようが無視するような男なのに、どうしてこういう時だけ向こうから関わってくるのか……確かに庭園に入ろうとはしたけど、入れなかったからもう離れようとしていたのよ、私は。

「僕はここで何をしていたのかを聞いたんだ。聞かれてもない事を答えるな」

 フリードルはついに目と鼻の先までやって来て、蔑むような視線をこちらに送ってきた。
 そうは言うけれども、私が謝らなかったら『謝罪すらもまともに出来ないのか』とか言うんでしょ? 手厳しいオニイチャンですこと。
 というか八歳の放つ威圧じゃないでしょう、これ。フリードルのやつこの幼さで既に完成してたのかよ。
 心の中で面倒なオニイチャンに舌打ちを贈り、私はもう一度頭を下げて、

「……散歩をしていた際に、偶然ここを通っただけです」

 決して嘘などでは無い真実を伝える。しかしフリードルは私の言葉などハナから信用していないようで、

「そのような本を持ってか」

 私の手にある本をネタに更に疑いをかけてくる。
 しかし私は、彼に負けるつもりは無い。ただ戦うつもりも無い……なんの力も無い今、そんな無謀な事をした所でただ死ぬ可能性が上がるだけだ。
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