大好きな人とお別れしたのは、冬の朝でした


「なにかあったら必ず相談して」
「ありがとうございます」

T・ケアの仕事は楽しかった。スポーツに関わる仕事を目指そうと思ったのもここでの仕事があったからだ。

「またいつでも戻ってきてね」
「はい」

温かい恭介の言葉が、詩織にはありがたくて身に染みた。

事故の翌日以降、拓斗からもよく連絡があったが詩織は『大丈夫だ』としか伝えていない。
瞬の容態が気になって眠れないくらいだったが、そう言うと拓斗は心配するだろう。

(これ以上、拓斗さんに気を遣わせたら申し訳ないわ)

もう深く考える気力は詩織には残っていなかった。
なにしろ、もうひとつ重大な秘密を抱えてしまったのだ。

(ひとりじゃないもの。この子さえいれば)

病院を辞めてから、ふと気がつけば生理が遅れていた。
少し遅れたのもストレスで不順になっていると思っていたのだが、それにしても十日も遅れたのは初めてだ。
まさかと思いながら検査キットで調べたら妊娠がわかったのだ。

(瞬さんの子ども)

姉の恋人の子どもを妊娠したなんて、誰にも言えるはずがない。
避妊は瞬に任せていたが、百パーセントではないということだろう。

(嬉しい!)

彼とお別れの言葉は交わせなかったけど、まさか赤ちゃんを授かることができたなんて夢のようだった。
子どもがお腹の中にいるとわかった日から、詩織は勇気が持てた。

(この子とふたりで、生きていこう!)

運よくと言うべきか、誰にも詮索されずに東京から離れることができた。
マンションも引き払ってしまい、詩織はひとりで九州へと旅立った。



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