離婚前提から 始まる恋
「・・・すまない」
やっと冷静になったのか、勇人にしては珍しい困った顔が目の前にある。

「あのね、誤解なの。本当にたまたま送ってもらっただけで、さっきだって転びそうになったところを助けられただけ。それだけなのよ」
言いたいことだけを簡潔に早口で伝えた。

きっと勇人は、人妻のくせに公道で男性と抱き合っていたように見えた私に怒っているんだ。そして、怒りに任せて強引にキスをしてしまったこと後悔している。
悪いのは私なのに・・・

「向こうでさ、花音がいつも使っているハンドクリームを見つけたんだ」
「へー、そうなの?」

いきなり何の話だろうと思ったけれど、勇人にも言いたいことがあるんだろうと相槌を打った。

「花音がなかなか手に入らないって言っていたから、買ったんだけど」
「嘘、ありがとう。うれしいわ」
勇人がそんなこと覚えていてくれたなんて、意外だな。

元々肌が弱い私は化粧品や下着、シーツやタオルなど体に触れるものは天然素材のものと決めている。
その中でも一番多く使うのがハンドクリームやボディクリームで、子供の頃から同じ海外ブランドのものを使い続けている。
最近では東京にも自然素材の店が増えたけれど、それまでは父の伝手で海外から取り寄せてもらっていたから、街中で出くわすのは本当に珍しい。

「そうしたら早く日本に帰りたくなってさ」
「え?」
それは、えっと・・・私に会いたくなったってことかしら?
まさかね。

「必死に仕事を詰め込んで二日も早く帰国したのに、花音は家にいないし、電話にも出ないし」
「ごめんなさい」
でも事前に教えてくれたら、ちゃんと待っていたのに。

「心配で探しに出たら、男と抱き合っているんだもんな」
「それは・・・」

顔を上げると、さっきまでの怒りの表情ではなく意地悪い笑顔を浮かべた勇人がいた。
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