エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 しかしこんなことで戸惑っていては、清貴はアメリカに行ってしまう。

 菜摘が声をかけようとした瞬間、スマートフォンが着信を知らせた。画面には取引先である銀行の支店名が表示されている。
 
 事務手続を菜摘が手伝っていることから、スマートフォンの番号を知らせていた。しかし事務所ではなくこちらにかかってくるというのはよほど緊急事態に違いない。
 
「もしもし……」

『東西銀行の――』

 電話の内容は今月分の返済が滞っているということ、もちろんこれが一度目ではない。何度もこういうことがあると、物件を差し押さえるということだった。

 電話を切った菜摘はぎゅっと目をと閉じた。

(私ったら何を考えていたの?)

 それまで頭の中には清貴のことしかなかった。そして彼が送ってきたメッセージに気持ちを持っていかれてこんなところまで来てしまった。

 どんな思いで彼に別れを切り出して、彼を傷つけたのか。それを忘れてこんな行動をとるなんて自分の愚かさに情けなくなる。

 柱の陰から清貴を見る。間もなく飛行機に乗り込む時間なのか彼立ち上がっていた。周りを見回している彼の様子を見て、菜摘は首をひっこめた。

 柱の陰にもたれかかり、目をぎゅっと閉じる。先ほど見た清貴の様子を瞼の裏に焼き付ける。これが菜摘が見る最後の彼の姿だ。

 ぎゅっと閉じた眦から、涙がこぼれた。周囲には搭乗の最終案内のアナウンスが流れていた。


***

「菜摘」

「え、はい」

 七年前の記憶の中から、清貴の声で戻された。

 目の前には間違いなく彼がいる。七年前の彼に比べるとシャープになり鋭い印象だ。身に着けているものも学生時代とは違って、オーダーメイドのスーツに腕には高級腕時計を付けている。

 こちらに歩いてくるだけなのに身のこなしも洗練されていた。七年前のような菜摘に向ける甘い表情はないけれど、間違いなく彼だ。

「話を聞いていたのか?」

「え……」

 清貴は「はぁ」と大きなため息をついた。

「しっかりしてくれ。君は俺と結婚するって話をしているんだ」

「いやでも、そんな急に言われても困る」

 その言葉に清貴は、菜摘の隣にいる賢哉の方にちらっと視線を向けた。

「いつ話をしても、急な話だろ。こんな状態での結婚話なんだから」
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