エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 また涙があふれ出しそうになって、慌ててハンカチで目元を拭う。

「そろそろ行こうか」

 賢哉の声に頷き、菜摘はカフェを出た。


 
 それから二ヵ月後。本来なら菜摘は今日、清貴とアメリカに旅立つ予定だった。何もする気が起きずに家にいた。テレビも音楽も聞かず、かといって本を読むわけでもない。

 膝をかかえてただひたすら、清貴のことを思う日々を送っていた。

 そのときスマートフォンの画面が光り、メッセージの受信を知らせてきた。手に取ると子別れてから一度も連絡がなった清貴からだった。

「……あっ」

 勢いでメッセージを読んでしまった。

『最後に一度だけでいい、顔が見たい』

 そのメッセージの後に、フライトの時刻と搭乗口を知らせるメッセージが来た。

「そんな……」

 これまで二ヵ月、胸が切り刻まれるような思いをずっとしている。時間が経てば平気になるというけれど、今のところ痛みは増すばかりだ。出口の見えない失った恋の痛みに耐え続けていた菜摘に、このメッセージが与えた衝撃は大きい。

 気が付いたときには、バッグを掴んで部屋を飛び出していた。

 最寄り駅から電車に乗って空港に向かう。この時間ならまだ清貴が乗る予定の飛行機のフライト時刻まで時間は十分ある。

 空港に行ってどうするつもりなのか、菜摘本人もわからない。けれど引き返そうという気持ちにはならなかった。頭の中は彼で、彼だけでいっぱいだった。

 空港に到着後、同じ目的地に向かって歩く人たちをかきわけて早足で清貴のいるターミナルを目指す。

 スマートフォンにはずっと清貴から送られてきたメッセージが表示されたまま。それを電車の中でずっと見つめていた。自分のこの行動が今後どういう影響を及ぼすのか、全く考えずにただ清貴に会いたいということしか頭の中にはなかった。

 ずっと小走りをしていたせいで菜摘の息はあがっている。それでも足を止めず彼がいるだろう搭乗口の近くまでくるときょろきょろと周りを見渡して、清貴の姿を探した。

「いた……」

 百メートルほど離れた先、搭乗口の近くのソファに彼が座っている、そばには見送りだろう彼の友人が何人かいて話をしているようだった。そんな中姿を現すのに少し躊躇して柱の陰にとっさに身を隠した。

 彼の友人たちも菜摘が一緒に留学しないことで、ふたりの間に何かあったということはわかっている。おそらく印象は最悪だろう。
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