エリート御曹司に愛で尽くされる懐妊政略婚~今宵、私はあなたのものになる~
 子どものことも不安だ。欲しいからと言ってすぐにできるわけではない。けれど過去に彼との子どもを持つ幸せな未来を想像したことのある菜摘にとって、もしかしたらあの幸せな未来が手に入るかもしれないと期待する気持ちもあった。

 何もかも間違ってる。わかっているけど、それでもやっぱり替えの隣にいたい。

 別れてから誰ともつき合えなかった。好きな人さえできなかった。菜摘はわかっていた、恋愛も結婚もそして出産も、相手が清貴でないと無理なのだと。

 好きになってもらえなくてもいい、菜摘にとっては覚悟の入籍だった。

 にこりと笑って見せ、桃子を安心させる。しかし付き合いの長い桃子には不安が隠しきれなかったようだ。

「困ったことがあったら、いつでも相談して。いい?」

「うん、ありがとう」

 もう一度笑った菜摘の頬に優しく手を添えた桃子は、悲しそうな顔で笑った。


「おい、もういらっしゃったぞ」

 賢哉が階段の下から声をかけてきた。迎えに来ると言った時間までまだ二十分もあるのに、清貴が迎えに来たようだ。

「すぐいく」

 バッグを持って部屋の中を見渡す。引っ越しの荷物はすでに新居に送っている。部屋は大きな家具だけが残されている状態で寂しく感じた。

「きっと泣いちゃうだろうから、私はここで。いってらっしゃい」

 笑みを浮かべた桃子が肩をポンと叩いた。菜摘は頷いて階段を下りた。

 工場の入り口には、清貴の白い高級外車が停車している。彼は車の横に立ち、菜摘が出てくるのを待っていた。

 休日なのでシャツにカジュアルなジャケットを羽織っている。タイトなパンツに足はデッキシューズ。いつもよりもカジュアルダウンした服装だったが、それでも彼の洗練されたイメージは損なわれなかった。

 足を止めて目を奪われていると、清貴がこちらを向いた。そこでスイッチが入ったかのように菜摘は彼の方に向かって動き出した。

「おまたせしました」

「いや、俺の方が早かったから。準備はできているか?」

「うん」

 きっと心の準備はいつまで経ってもできないだろう。勢いに任せるほうがいい。菜摘が手にしているボストンバッグを清貴が手にとった。そして周囲を見渡している。

「君の叔父さんは?」

「それが、今日はあいにく不在でして」

 育ててきた姪が嫁ぐ日だというのに、叔父は今日も賭け事に夢中だった。

「挨拶を、と思ったんだが」

「すみません。こんな大事な日に」

 和利の代わりに、賢哉が頭を下げた。
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